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.国際  投稿日:2025/6/18

イスラエルによるイラン攻撃 要となるイラン、米国双方で政権内の意見が分裂


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#24

2025年6月16-22日

【まとめ】

・トランプ氏はイランに無条件降伏呼びかけ、ハーメネイ最高指導者殺害の可能性にも言及。

・日本は国内声明にてイスラエルを「強く非難する」一方、G7共同声明では「対イラン批判」と「イスラエルの自衛権」に賛同。

・今後の焦点はイラン、アメリカの動きとなるが、双方とも政権内で意見が割れている。

 

今週は、過去80年間あまり聞かなかった「戦争用語」を久し振りに耳にした。トランプ氏がイランに対し「無条件降伏」を呼びかけ、米国の忍耐は「限界に近づいている」と警告した、などとロイターは報じた。しかも、ハーメネイ最高指導者殺害の可能性にも言及したというから、驚きだ。流石はトランプだ、と妙に感心した次第である。

あまりに面白い(失礼!)ので、もう少し詳しく書こう。トランプは自身のSNSにこう投稿したそうだ。「我々は、いわゆる『最高指導者』がどこに隠れているか正確に把握している。容易な標的だが、そこにいる限りは安全だ。少なくとも今のところ、我々は(彼を)排除(殺害!)するつもりはない」のだそうである。

ふーん、これでイランに圧力を掛けているつもりかね。あの誇り高きペルシア人がこの程度の脅迫に屈するだろうか。そもそも、米国は本当にイランの核施設攻撃に踏み切れるのか。これらの点につき米国・イランは、いずれも政権内部で意見が大きく割れている兆候がある。今後数週間の両国の駆け引きは要注意事項だろう。

それよりも、お詫びすべきことがある。先週は「イランはギリギリの合意を欲している筈だから、交渉はまだまだ続くだろう」「トランプ・ネタニヤフ電話会談でイスラエルの対イラン攻撃の可能性が高まるとは思えない」と恥ずかしながら書いてしまった。正直なところ、イスラエルの攻撃は「米イラン交渉の失敗後」だろう、と思ったからだ。

実は一カ月前、ある米国の友人から「イスラエルはイラン政軍指導者の暗殺を考えている」と聞かされていた。当時筆者は彼の正しい情報を「過小評価」してしまった。もっとも、イラン側も「攻撃は米国との交渉失敗後」だと信じていた節がある。だからこそイスラエルの奇襲は成功し、革命防衛隊の司令官等が一網打尽となったのだろう。

この点については今週の産経新聞World Watchに書いたので、是非ともご一読願いたい。でも、今週最も気になったのは、実は日本政府の立場である。正確を期すべく、ここに外相談話全文を再録しよう。ポイントは「イラン核開発への批判」と「イスラエルの自衛権」への言及がなく、イスラエルの攻撃を「強く非難」していることだ。

 

イスラエルによるイランに対する攻撃を巡る情勢(外務大臣談話)

令和7年6月13日

1、現地時間6月13日(日本時間同日)、イスラエルがイランの核関連施設等に対して攻撃を行いました。米・イラン間の協議を始め、イランの核問題の平和的解決に向けた外交努力が継続している中、軍事的手段が用いられたことは到底許容できず、極めて遺憾であり、今回の行動を強く非難します

2、また、これを受けて、イランからもイスラエルに対して攻撃が行われました。我が国としては、報復の応酬を深く懸念しており、事態をエスカレートするいかなる行動も強く非難します。

3、中東地域の平和と安定は、我が国にとっても極めて重要であり、我が国は、全ての関係者に対して、最大限の自制を求めるとともに、事態の沈静化を強く求めます。

4、政府として、在留邦人の保護に万全を期すとともに、事態の更なる悪化を防ぐべく、引き続き必要なあらゆる外交努力を行っていく決意です。

 

 ところがその4日後、カナダで開かれたG7首脳会議の共同声明には対イスラエル「非難」や「自制」といった文字はなく、逆に「対イラン批判」と「イスラエルの自衛権」が盛り込まれている。G7文書だから当然日本は賛成したのだろうが、日本政府HPにはこの声明が何故か未だ掲載されていない。短い文章なので全文をここに再録しよう。

 

G7 Leaders’ statement on recent developments between Israel and Iran

Kananaskis, 17 June 2025

 

We, the leaders of the G7, reiterate our commitment to peace and stability in the Middle East.

In this context, we affirm that Israel has a right to defend itself. We reiterate our support for the security of Israel.

We also affirm the importance of the protection of civilians.

Iran is the principal source of regional instability and terror.

We have been consistently clear that Iran can never have a nuclear weapon.

We urge that the resolution of the Iranian crisis leads to a broader de-escalation of hostilities in the Middle East, including a ceasefire in Gaza.

We will remain vigilant to the implications for international energy markets and stand ready tocoordinate, including with like-minded partners, to safeguard market stability.

 

お読み頂ければ両者の違いは一目瞭然なのだが・・・・、これ以上はコメントしない。詳細は産経のコラムを読んで欲しい。この違いをどう理解すれば良いのか、正直分からない。

さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

 

6月17日 火曜日 ヨルダン国王、欧州議会で演説

 ニュージーランド首相訪中(4日間)

 

6月18日 水曜日 サンクトペテルブルク国際経済フォーラム開催(4日間)

 

6月19日 木曜日 インドネシア大統領訪露、ロシア首相と会談

 TikTokの親会社、TikTok売却か米国での使用禁止かの決断すべき期限

 

6月20日 金曜日 イスラム協力機構外相会議開催(イスタンブール、2日間)

 

6月23日 月曜日 クリミア併合後のEUによる対ロシア制裁の期限

 

 最後にガザ・中東情勢についてもう一言。米国を巻き込みたいイスラエルは、一貫してイランを挑発している。逆に、何とかウラン濃縮を続けたいイランは、ギリギリ米国との合意を模索している。これらに対し、できれば軍事介入を避けたいトランプは過去半年間、一貫してイスラエルに対イラン攻撃を自制するよう求めてきたのだが・・・。

今後のポイントは、イランが挑発に乗り、米国との協議を拒否し、戦争を拡大する愚を犯すか、それとも、冷静に判断し、米国とのギリギリの合意を目指し、停戦に持ち込むか、となるだろう。イスラエルの動きは一貫しているので、焦点はイランと米国の動きとなるだろうが、前述の通り、両国とも政権内が割れているのが不確定要素だ。

ハーメネイが、対米強硬派の意見を排して正しい戦略的判断を下し、自制を続けることができるか?それとも、トランプは、岩盤支持層の中の「対外干渉」反対派を抑え、バンカーバスター爆弾とB2爆撃機を投入し、大量の放射性物質をまき散らす危険を冒してでも、地下800メートルにあるイランの核関連施設の完全破壊に踏み切るのか?

誤解を恐れず言えば、1941年の真珠湾攻撃の如く、イランが暴発してアラブ産油国の石油施設や湾岸地域の米軍基地などを攻撃すれば、湾岸からの石油ガスの流れは一時的にせよ止まるだろう。残念ながら人間の歴史は、全ての当事者が常に合理的な判断を下せる保証などない、ことを示している。おっと、恐ろしい話になった。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ写真)イスラエルによる攻撃で破壊された住宅ビルから瓦礫を取り除く掘削機 テヘラン-イラン 2025年6月13日

出典)Photo by Majid Saeedi/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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