バイデン政権、国防予算要求は微増
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#22」
2021年5月31日-6月6日
【まとめ】
・バイデン政権が発足後初の予算教書を議会に提出した。
・歳出額は要求ベースで6兆110億ドル(約660兆円)と戦後最大水準。
・しかし、国防予算要求は前年度比1.7%しか増えていない。
バイデン政権が発足後初の予算教書を議会に提出した。産経新聞は「経済再建と社会福祉の拡充に重点投資し、歳出額は要求ベースで6兆110億ドル(約660兆円)と戦後最大の水準に膨張。今後10年間は歳出増と財政赤字拡大を容認する『大きな政府』の傾向が鮮明」などとその概要を報じている。
外務省によれば、米国の「予算教書」とは「毎年2月初めに大統領が議会に提出する予算の編成方針」だそうだが、「予算教書」という呼称自体、良く考えてみれば奇妙ではある。英語の原文は「Budget Message of the President:大統領の予算メッセージ」であって、日本でいう「予算案」ではない。だから「教書」と呼ぶのだろうか。
米行政府は日本のように予算編成権と予算案提出権を持たないので、予算の折衝は予算編成権を持つ連邦議会に「お願い」するしかない。勿論、日本でも国会に予算承認を「お願い」するのは同じだが、実質的予算折衝は財務省主計局が永らく仕切って来た。まあ、こうした状況もいずれ力関係が逆転し、米国並みになるのだろうか・・。
今週の産経新聞のコラムではバイデン政権の初の国防予算について書いた。全体の予算要求額は2割以上増えているのに、国防予算要求は7150億ドルと巨額ながら、前年度比では1.7%しか増えていない。その中で「対中抑止力、核戦力増強、ハイテク化」などの懸案を解決しなければならないのだから、国防総省も大変だなぁ。
今週のもう一つのトピックはイスラエル政権交代の可能性だ。先週はパレスチナ問題が「アラブの大義」ではなくなりつつあると書いたが、長年イスラエル首相を務めたネタニヤフ氏も遂に「年貢の納め時」が来たようだ。パレスチナ問題の将来を考える上で、今次イスラエル首相の交代が歴史的転期となることを祈ろう。
▲写真 反ネタニヤフデモ(2021年4月5日) 出典:Amir Levy/Getty Images
ネタニヤフ首相はイスラエル建国後に生まれた最初の首相であり、歴代最年少だ。首相としての通算任期は1996年の第一期政権以来15年を超え、勿論歴代最長である。また、彼の経歴と米国との関係は実に面白い。ネタニヤフは家族と共に1956年から1958年、1963年から1967年まで長くアメリカに住んでいたからだ。
ペンシルベニア州フィラデルフィア郊外の高校を卒業したが、ディベートクラブに所属していたこともあり、彼の英語は完璧でフィラデルフィア訛りがあるといわれる。第一期ネタニヤフ政権が発足したのは1996年6月、ちょうど筆者が中東第二課長になった直後で、確か当時ワシントンからパリ経由でイスラエルに出張したと思う。
当時イスラエルではネタニヤフ新政権の要人に会うべくアポを申し込んでいたが、テルアビブの日本大使館が如何に努力しても首相府要人とのアポは取れなかった。そこで経由地のパリからワシントンの友人に直接電話してお願いしたら、何と30分もしない内に首相府の安全保障担当補佐官とアポが取れ、びっくりしたことがある。
さらに驚いたのは、当時首相府にいた補佐官の多くが「完璧な米語」を喋るJewish Americanだったことだ。誤解を恐れずに言えば、当時からワシントンとエルサレムは直接繋がっていたということ。これではパレスチナ人や他のアラブ人が「逆立ちしても勝ち目はない」だろうなと痛感した。これは今でも鮮明に覚えている。
そのネタニヤフ氏、当時は極右政治家のように言われたが、今や彼はイスラエル政界で中道右派などとも揶揄されている。労働党とリクードの時代からイスラエル政治は大幅に右傾化してしまったからだ。そのネタニヤフ氏は下野しても、悠々自適の引退生活どころか、下手すると刑事被告人にもなりかねないという。どうなることやら。
〇アジア
英情報機関が武漢ウイルス研究所からのウイルス流出について再評価していると報じられた。先週はバイデン大統領が研究所から流出した可能性について調査するよう指示している。昨年はトランプ政権がこの「研究所流出」説を喧伝していたので、メディアも「まさか」という反応だったが、これは、もしかしたら、もしかするかもしれない。
〇欧州・ロシア
2012~2014年に米NSAが、ドイツ、スウェーデン、ノルウェー、フランスの首脳や高官の情報を集めるため、デンマーク国防省傘下の国防情報庁と協力しデンマークのインターネット回線を盗聴していたと報じられた。でも、驚くに当たらない。アメリカは第二次大戦中ですら同盟国の英国を盗聴していたのだから。歴史は繰り返すのか。
〇中東
国連人権理事会がイスラエルとハマスの軍事衝突に関し、双方の人権侵害状況の調査を賛成多数で決議、独立調査委員会の活動が始まるという。人権高等弁務官はハマスのロケット弾発射だけでなく、イスラエルによる空爆も戦争犯罪に当たる可能性があると述べたそうだが、そもそも両者は比較の対象になるのか、良く分からない。
〇南北アメリカ
ペルー大統領選の決選投票が来週6日行われるが、左派政権誕生への警戒心が広がる中、フジモリ元大統領の長女で中道右派のケイコ・フジモリ氏が追い上げているそうだ。あの忘れもしない日本大使公邸人質事件は1996年12月から4カ月も続いた。ああ、あれからもう25年もの年月が流れたのか。光陰矢の如し、である。
〇インド亜大陸
インドのコロナ感染はまだ続いているが、感染者数は一日当たり40万から20万に「大幅に」減少したそうだ。流石はインドである。今週はこのくらいにしておこう。
いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:議会で演説するバイデン米大統領(2021年4月28日) 出典:Chip Somodevilla/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。