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.国際  投稿日:2024/9/17

米大統領選、ハリス優勢とまではいえない


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#38

2024年9月16-22日

【まとめ】

・トランプvsハリスTV討論、ハリスがトランプを圧倒。

・周到な準備をしたハリスの挑発に乗ったトランプが自滅した。

・だからと言って、ハリス優勢になったとまでは言えない。

 

今週の原稿は米国ワシントン発羽田行きの全日空便の中で書いている。先週はトランプ・ハリス両候補の、恐らくは最初で最後の、TV討論会について書く、とお約束していた。ちなみに、件のTV討論会については先週の辰巳由紀主任研究員発「デュポンサークル便り」が詳しいので、どうかそちらもご一読願いたい。

今回の討論会は出張中に米国のテレビで見たが、筆者の見立ては次の通り。

パフォーマンスではハリスがトランプを圧倒していた。いつも強気のトランプがあれほど「守り」に入るとは、誰も思わなかったのではないか。

●トランプの側近は「人種や性別に基づく個人攻撃」を止め「政策論争を挑むべし」と再三アドバイスしていたそうだ。

●ところが、トランプの攻撃的パーフォーマンスは相変わらずで、今回はハリスの巧みな罠に嵌ってしまったようだ。(英語ではHarris baited Trumpと表現していた)

●要するに、周到な準備をしたハリスの挑発に乗ったトランプが自滅したということだが、だからと言って、大統領選全体がハリス優勢になったとまでは言えない。

●確かに今回ハリスは、バイデンの英断と自身の努力で「化けた」のだが、「化けた」のなら、いつかは必ず「化けの皮が剥がる」はず、だからだ。

●歴史的に見ても、大統領選討論会での優劣が本選の勝負を決定付けたことは殆どない。前回のバイデン・トランプ討論会はあくまで例外である。

もう一つ、今回の出張で気になったのは、米国のアジア、特に日本の専門家が日本の内政を正確に理解できていない恐れだった。今日本では立憲民主党と自由民主党で党首選がヒートアップしているが、ワシントンで自民党総裁選をしっかり見ている向きはごく僅か、立民の党首選に至っては「ほぼ皆無」に近いと感じた。

具体名は差し控えるが、米国の「アジア通」なる人々の日本政治家の評価と、彼ら政治家たちの日本国内での評価には微妙なギャップがあるとも感じた。まあ、米国人には日本の政治家の「外面」しか見えないし、それと米国人専門家の政治的「立ち位置」との相乗効果で、特定の日本の政治家が評価されたり、批判されたりするようだ。

尤も日本人の米国専門家だって、米国の大統領選挙を、米国の政治のプロと同じ感覚でフォローできている向きは意外に少ない。これが実態ではないだろうか。All politics is localは古今東西共通の課題なのである。

いずれにせよ、ワシントンのアジア、特に日本の専門家が質量ともに見劣りする状況は、過去数十年間、基本的に変わっていない。この点については今週の産経新聞World Watchに小論を書いてみたので、お時間があれば、ご一読願いたい。

大統領選挙もあと50日を切り、米国メディアの多くはハリス優勢を期待し、かつ予測し始めているようだが、実は誰も正確に予測出来ないと思う。そもそも、世論調査でのハリス候補の「数パーセントのリード」など、世論調査の「誤差の範囲内」でしかないのだから・・・。

筋金入りの民主党系旧友ですら、「今回トランプが勝っても全くおかしくない」「大都市圏の外側の米国人のトランプ支持は今も根強い」と分析していた。筆者は米リベラル系メディアの楽観論よりも、旧友の直感を信じる。要するに、米大統領選は自民党総裁選以上に予測が難しい、ということだ。

続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

9月17日 火曜日 カタル首長、カナダ訪問(2日間)

ハンガリーの亡命違法制限に関する裁判所の2.2億ドルの罰金支払い命令期限

9月18日 水曜日 ジャンムー・カシミール州 (インドとパキスタンの元係争地で、以前はインド最北部に存在した州)で議会選挙

9月19日 木曜日 イタリアでG7文化大臣会合開催

9月20日 金曜日 チェコ、上院議員選挙(2日間)

9月21日 土曜日 スリランカ、大統領選挙実施

米大統領、QUAD首脳会議をデラウェアで主催

9月22日 日曜日 スイスで国民投票

ドイツ・ブランデンブルグ州で州議会選挙

最後はいつものガザ・中東情勢だが、先週は軍事的に大きな事件が報じられた。イスラエル軍幹部がガザ最南部のファを拠点とするハマース4個大隊を「すべて壊滅させた」と述べたのだそうだ。ラファ市街地も完全掌握し、昨年10月から続く対ハマース軍事作戦は「一つの節目」を迎えたとも報じられた。

なるほど、こうなれば、従来なら「停戦」に向けた動きが活発化するはずであるが、実際にはそうならない。ネタニヤフが譲歩しないからだ。先週は「ネタニヤフは11月5日まで政策変更する気などさらさらない」と書いたが、そうした強硬姿勢が軍事的な理由ではなく、政治的理由によることが、今回事実上明らかになったということだ。

米国は新たな「停戦案」を模索中とも報じられたが、問題はラファ周辺のいわゆる「フィラデルファイ」回廊へのイスラエル軍駐留の是非だ。米側がイスラエル軍の駐留を認めれば、ハマースが反発し、認めなければ今度はイスラエルが反発する。うーん、昔も似たような交渉を延々とやっていた覚えがある。歴史は繰り返すのか?

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ラスベガスの選挙集会で、カマラ・ハリス副大統領のビデオを視聴するトランプ候補(2024年9月13日ネバダ州ラスベガス)出典:Justin Sullivan/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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