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.国際  投稿日:2024/8/27

米大統領選、気になる日本メディアの米報道の後追い


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#35

2024年8月26-9月1日

【まとめ】

・米国の民主党大会ではハリス・ウォルツの下、民主党が再活性化された。

・過去48年間、日本メディアの報道ぶりは、残念ながらあまり進歩していない。

・米国内報道の後追い・受け売り記事が多いだけでなく、記者の経験不足や思い込みに基づく記事も少なくない。

 

 先週は日本の自民党総裁選が実質的に始動し、米国の民主党大会ではハリス・ウォルツの下、民主党が再活性化された。米大統領選挙と言えば、米国留学時代に選挙実務を体験してから、今年でもう48年。個人的な思い入れが強いためか、仕事と直接関係のない年でも、米大統領選だけはどうしても気になってしまう。

 ところが、過去48年間、この世界最大・最長・最高額の民主的イベントに関する日本メディアの報道ぶりは、残念ながら、あまり進歩していない。先週イリノイ州シカゴで開かれた民主党大会関連報道も、どこか「本質を外した」記事が散見された。今回、特に気になった見出しと筆者のコメントは次の通りだ。

  • ハリス氏「分断と決別」訴え 確トラから「もしハリ」影響は?

 もう「もし〇〇」とか「ほぼ●●」などという見出しはいい加減止めたらどうかね?

  • ハリス氏演説「ジョーダン並み」、ガザ情勢で禍根も 米メディア論評

 シカゴブルズのマイケルジョーダンの話を聞いたことあるのか?比較してどうなる?

  • オプラ・ウィンフリーにスティービー・ワンダー…米民主党大会にセレブ続々 最終日にはPINKも

 党大会では音楽セレブの出演・演奏なんて決して珍しくない、だからどうなのか?

 申し訳ないが、このように、日本メディア報道の中には米国内報道の後追い・受け売り記事が多いだけでなく、記者の経験不足や思い込みに基づく記事も少なくない。民主党系某著名ジャーナリストはハリス候補の演説を「歴史的」などと礼賛していたが、そんなもの、4年に一度「歴史が変わる」街ワシントンでは当たり前の話。

 その中で比較的バランスの取れた日本の報道を一つ見つけた。

  • ハリス副大統領は「指名受諾演説で「フリーダム(自由)」「フューチャー(未来)」など前向きなメッセージを強調した。
  • 過去や現状への不満や怒りを力とする共和党候補のトランプ前大統領(78)と対照的なイメージ戦と対照的なイメージ戦略を図り、観客は熱狂した。
  • ただ政策面の未熟さも指摘され、「ハリス旋風」の行方はなお不透明だ・・・。

 冷静で偏りの少ない記事の内容には敬服するが、それでも、「観客は熱狂した」との表現だけは頂けない。1976年のカーター・フォード大統領選から党大会の実況中継を見てきた筆者の経験では、米大統領選挙の年に観客が「熱狂しない」「盛り上がらない」党大会などない、と思うからだ。

 この程度の興奮で「歴史的な演説」「観客は熱狂」などと報じる記事を見ると、「おいおい、大丈夫かいな」と心配にすらなる。ちなみに、シカゴの民主党大会については、ワシントンの辰巳由紀主任研究員が書いている「デュポンサークル便り」の最新版に詳しい。また、筆者も今週の日経ビジネスに同様の小論を寄稿している。この二つの文章を読み比べてもらえば、今回のシカゴ民主党大会前後の米国政治の大まかな流れをご理解頂けるのではないかと思う。

 続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

8月27日 火曜日 国家安全保障問題担当米大統領補佐官、訪中(3日間)

英首相、議会で政策演説

 中国、ミャンマーとの国境付近で実弾軍事演習を開始

8月29日 木曜日 仏大統領、セルビア訪問(2日間)

8月30日 金曜日 アフリカ各国保健相参加のWHO(世界保健機関)アフリカ部会会合が終了(於コンゴ)

 ブラッセルでEU国防大臣会合

米国とニュージーランド、オークランドで戦略対話を開催

8月31日 土曜日 イスラエルの「人質帰還運動」がテルアヴィヴで集会

9月1日 日曜日 アゼルバイジャン、議会選挙

国連事務総長、シンガポール訪問

 最後はいつものガザ・中東情勢だが、731日にハマース政治部門の最高幹部ハニーヤ氏がテヘランで殺害され、イランがイスラエルへの報復を宣言してから一か月も経つのに、イランは公言した「報復」を未だ実行していない。最大の理由は「ガザでの停戦交渉」が佳境にあることらしいのだが本当にそうなのか?

 イスラエルとハマースの停戦協議は米、エジプト、カタルなど仲介国などが提示した妥協案でも双方が折り合わず、合意が実現する目途は依然立っていない。最大の争点は、イスラエルが停戦後もガザ地区南部のエジプトとの境界地帯などに部隊を駐留させ続けるかどうか、だと言われている。

 これが事実だとすれば、両者の停戦交渉は基本的に昨年10月7日以来、全く妥協点を見つけられないでいる、ということ。ハマース幹部は「イスラエル側は新たな条件を追加しようとしているが、われわれはこれを受け入れない」と述べている。5月にバイデン大統領が提示した停戦合意案では交渉が進まない、ということなのか。

 もう一つの問題は既に触れたイラン・ヒズボッラ側の対イスラエル「報復」の有無と程度だ。ヒズボッラ側は8月25日にイスラエル軍の基地などを標的に340発のロケット弾と数十機の無人機を発射し、イスラエル軍兵士1人が死亡したという。ヒズボッラはこれで先月の司令官殺害に対する対イスラエル報復攻撃は完了したと述べている。どうやら、「報復」はするが、大規模な「戦闘拡大」は望んでいない、ということなのかもしれない。イランも同様なのか?要注意である。

 対イスラエル報復についてはイラン国内で現在も意見が分かれているのだろう。イスラエルに大規模報復を行っても、イランは得るものより、失うものの方が多い。他方、イスラエルに全く「何も報復しない」という選択肢も、国内政治的には「持たない」のだろう。イランのジレンマは続くようだ。

 となると、ネタニヤフ首相はハマースを殲滅するまで停戦に応じるつもりはなく、停戦後もガザからイスラエル軍を撤退させる気もない、という分析が最も的を射ているように思えてくる。大体、中東情勢に関する予測は、悲観的なものにしておいた方が良い。これまでの経験則で、事態が良い方向に劇的に改善する可能性は限りなく低いからだ。

 今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:イリノイ州シカゴのユナイテッド・センターで開催された民主党全国大会初日のステージに登場した(左から)アシュリー・バイデン(バイデン大統領長女)、民主党大統領候補のカマラ・ハリス米副大統領・ダグ・エムホフ夫妻、ジョー・バイデン米大統領・ジル・バイデン夫妻、他バイデンファミリー 2024年8月19日

出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images




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