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.国際  投稿日:2021/11/26

メルケル後のEU牽引役は?


村上直久(時事総研客員研究員、長岡技術科学大学大学院非常勤講師)

「村上直久のEUフォーカス」

【まとめ】

・独メルケル首相の後継選びは選挙後約2カ月たってようやく決着した。

・米国への不信感の拡大から安保や外交政策での「欧州の戦略的自立性」を目指す議論が再燃。

・メルケル後のEUの新たな牽引役を誰が担うのか、固まるまでしばらくかかりそうだ。

 

欧州は“政治の季節”に入ってきた。ドイツでは9月26日、連邦議会選挙(総選挙)が行われたが、主要党間で接戦となり、約16年間務めたメルケル首相の後継選びは 選挙後約2カ月たってようやく決着した。

11月24日、社会民主党(SDP)と環境政党の緑の党及び新自由主義の自由民主党の三党が連立政権樹立に合意​​した 。欧州連合(EU)内での知名度は今一歩というところである、SDP党首ショルツ氏(現財務相)が12月上旬に首相に就任する見通しだ。

フランスでも来年4月に大統領選挙、6月に国民議会の下院選挙が予定されている。現職のマクロン大統領は欧州連合(EU)内では積極的な発言が目立つ欧州統合論者として知られているが、仏国内では新型コロナウイルス禍への対応で一部の国民の間で不満が募り、支持率も低迷している。

EUの新たな牽引役にだれがなるのか。それとも当面、牽引役が不在の状態が続くのか。EUでは新型コロナ禍に加えて最近では天然ガス/原油高の家計・企業への打撃が政治問題化しそうだ。さらに、アフガニスタンからの米軍撤収強硬による混乱などを受け、米国への不信感が高まっている

■ メルケルのいない欧州は ?

ショルツ氏は財務相としての手堅い仕事ぶりは評価されているが、EU加盟27カ国を束ねて共通の課題に取り組み、米ロの大国の指導者に伍してやっていけるだろうか。

フランスのマクロン氏はショルツ氏と比べて存在感ががあるものの、2022年春の大統領選を控えて、極右の論客エリック・ゼムール氏や右翼政党「国民連合」のルペン氏に支持率で追い上げられている。

こうした中でイタリアのドラギ首相の存在感が増している。ユーロ圏の中央銀行である欧州中央銀行(ECB)の総裁時代、ECBはユーロ圏債務危機を解決するために「無制限に買い支える」と表明し、危機を収束に向かわせた「ドラギ・マジック」で知られる。EU首脳会議でも同氏の発言は注目されているという。

▲写真 伊のドラキ首相(2021年11月17日) 出典:Photo by Antonio Masiello/Getty Images

マクロン氏が大統領に再選された場合、ポスト・メルケル時代のEUはマクロン・ドラギのコンビで仕切られるかも知れない

EUのミシェル大統領は10月22日、ブリュッセルで開かれた首脳会議で、「メルケル氏のいないEUは、バチカンのないローマ、エッフェル塔のないパリのようなものだ」と述べ、同氏の存在感の大きさを指摘した。メルケル氏は在任16年年間、EUを次々と襲った危機―ユーロ圏債務危機、難民問題、国際テロ組織「イスラム国(IS)」の脅威、英国のEU離脱(ブレグジット)、新型コロナウイルス・パンデミックなどーへのEUの対応で持ち前の冷静沈着ぶりを発揮し、粘り強く妥協点を探り、危機の克服につなげた。中でも、中東、北アフリカから100万人超の難民・移民が欧州に殺到した2015年、積極的な受け入れ姿勢を表明したことで同氏の評価は一気に高まった。

 ■ バイデン政権はトランプ政権と同じか

メルケル氏の後継者が新首相に就任しないうちはEUは諸課題への思い切った施策を打ち出せそうにない。

現在、EUが直面する主要な課題は、経済面ではパンデミックの後遺症とも言えるサプライ・チェーンの不調による製造業における部品不足と天然ガス/原油価格の高騰だ。

域内政治ではポーランドの憲法裁判所が最近、EU加盟国が従わなければならないEU法よりも国内憲法を優先させるかのように解釈できる判断を下し、波紋を広げていることだ。ポーランドをめぐってはすでにメディアへの政府の介入や性的少数者の権利をめぐってEUが神経をとがらせている。この問題はブレグジットに続き「ポレグジット(ポーランドのEU離脱 )」につながりかねないとの声も出ているが、EUはまず対話を通じて解決を目指したい意向だ。

外交面ではアフガニスタンからの米軍撤収強硬をめぐる混乱や米英豪参加国の新たな安全保障枠組みからの「欧州除外」を受けてバイデン政権への不信感が高まり、「バイデン政権は自国優先主義のトランプ政権と同じではないか」との不満も聞かれる。

米国への不信感の拡大から安保や外交政策での「欧州の戦略的自立性」を目指す議論が再び高まってきた

アフガンでは米軍の撤収でカブール空港の安全確保が困難となり、欧州各国は多くの人々を現地に残したままやむなく退避作戦を終了。米軍に依存する欧州の無力さを浮き彫りにした。EUのボレル上級外交安全保障代表(外相)はこれを踏まえ、危機時に投入するEU独自部隊の創設を提案する考えを示している。EU欧州委員会のフォンデアライエン委員長は北大西洋条約機構(NATO)との連携は必要だと認めつつ、「EUでできることは多くある」と指摘した。

メルケル氏の後を継いでEUの新たな牽引者をだれが担うことになるのかが固まるまでしばらくかかりそうだが、EUは次から次へと課題に直面している

(了)

トップ画像:10月22日、EUサミットで演説するメルケル氏 出典:Photo by Thierry Monasse/Getty Images




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