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.国際  投稿日:2023/3/13

アイルランド合意でEU安堵


村上直久(時事総研客員研究員、学術博士/東京外国語大学)

「村上直久のEUフォーカス」

【まとめ】

・ブレグジッド後、北アイルランドだけEU規制の適用を続け物流が停滞。

・「ウィンザー枠組み合意」では検査の大幅簡素化で合意。

・ウィンザー枠組み合意がEUと対英関係好転の転換点に。

 

ブレグジット(英国の欧州連合=EU離脱)に伴う英EU間の一連の取り決めの中で、英国本土とアイリッシュ海を挟む英領北アイルランドへの物品輸送は、北アイルランドが事実上、EUの単一市場に残った形となったために停滞し、懸案となっていた。

英国政府とEUは2月末、ロンドン郊外のウィンザーで行ったトップ会談で、検査の大幅簡素化で合意、自国内の流通である北アイルランドへの物品輸送を円滑化できるようになった。

EU欧州委員会のフォンデアライエン委員長は「北アイルランドの懸念に応え、長期的な解決策を提供できると信じている」と評価し、安堵感を表明した。今回の合意がブレグジットを受けて冷え込む英EU間の関係改善につながると期待されている。

◇輸送の円滑化

スナク英首相は「決定的な突破口を開くことができた。EUとの関係で新しい章の始まりとなる」と力説した。

ブレグジット絡みにおいて英国とEU間では、電気自動車(EV)の貿易や金融取引の規制の在り方などをめぐり懸案が残っており、今回の合意は交渉の行方に好影響を及ぼしそうだ。

英国は2020年1月末にEUから離脱する際に、南隣で陸続きのアイルランドとの間に物理的な国境設置による貿易障壁が生じないよう、英国本土とは別に北アイルランドだけEU規制の適用を続けることで意見が一致していた。

英国本土から北アイルランドに物品を輸送する際には、EUの規制が導入され、英国のEU離脱後も「北アイルランドのみ事実上EUにとどまっている」格好となった。

この結果、英国本土から北アイルランドへの輸送には膨大な書類や手続きが必要となり、物流が停滞した。スナク氏は「食品の輸送業者はトラック一台分の輸送に月何百枚もの書類を作成する必要がなくなる」と指摘した。また、北アイルランドの店舗が品不足に悩む事態も生じ、打開を求める声が強まっていた。

「ウィンザー枠組み合意」と呼ばれる今回の合意によると、英国本土から北アイルランドに輸送する物品について、EU諸国に輸送されない場合には、こうした手続きを撤廃する。

EU諸国に輸送される場合には従来の措置を維持する。

英政府によると、具体的にはウィンザー枠組み合意では、英国本土から入り、北アイルランドにとどまる物品と、EU加盟国のアイルランド共和国に向かう物品は税関で異なるレーンを使う。前者のレーンは「グリーン・レーン」と呼ばれ、手続きが大幅に簡素化され、「レッド・レーン」と呼ばれる後者では、従来通りのEUの規則に沿って検査される。

さらに一部のEU法は北アイルランドに引き続き適用されるものの、一定の条件を満たせば英国が拒否できることも盛り込まれた。

◇包括的和平合意

EUは創設以来最大の危機的状況を生み出した、ロシアのウクライナ侵攻への対応に大きなエネルギーを割く必要があり、ブレグジットの取り決めの細部をめぐっていつまでもいがみあっている余裕はない。

その意味で、EUは今回のウィンザー枠組み合意が対英関係の好転に向けた転換点になるものと期待している。

EU側は、ジョンソン元英首相が主導したブレグジットは両者の経済関係だけでなく、1970年代初頭から数十年続いた北アイルランド紛争を鎮静化させた1998年4月の「包括的和平合意」までも危うくしかねないと懸念していた。

この合意の下で紛争の全当事者による北アイルランド議会が設置された。英国がブレグジットでEUの単一市場と関税同盟から離脱し、陸続きの北アイルランドとアイルランド共和国の間に税関を含む物理的な国境が復活すれば、包括的合意によって実現した和平が損なわれかねないと心配されていた。

こうした中で、今回の合意によって和平が失われる懸念は後退。バイデン米大統領も北アイルランド和平25周年となる4月に予定通りベルファストを訪問することになった。

ウィンザー枠組み合意は、スナク政権が忍耐強い対EU外交を展開したおかげだとも言えよう。その成果により、両者の関係が改善に向かい始めた。具体的には、EUは950億ユーロ規模とされる研究・イノベーション向け資金調達のための「ホライズン欧州プログラム」への再参加を促した。

さらに、3月10日にはスナク首相が訪仏し、マクロン仏大統領と会談。フランスからの英国への不法移民流入対策などで意見が一致した。5年ぶりの英仏首脳会談だった。

(了)

トップ写真:会見する第1党シン・フェイン党の党首メアリー・ルー・マクドナルド議員(右)とオニール副党首(左)出典:Photo by Charles McQuillan/Getty Images




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

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