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.国際  投稿日:2022/3/3

ウクライナ紛争、国際刑事裁判所調査開始


植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

【まとめ】

・市民が犠牲となっているロシアのウクライナへの軍事攻撃は国際刑事裁判所を設立したローマ規程の対象とする犯罪に当てはまる。

戦争犯罪・人道に反する犯罪等の4つの犯罪には時効がなく、個人が訴追され、裁判の対象となる。

・現時点でプーチン大統領の侵略犯罪での訴追は賢明ではないが将来的な責任追及が可能な選択肢は残すべきだ。

 

国際刑事裁判所(ICC)の検察官は、2月28日、ウクライナ紛争での戦争犯罪と人道に対する犯罪行為に関し調査を始めると発表した。2月24日に始まったロシアのウクライナへの軍事攻撃で、既に住宅地域やスーパーマーケットなど市民を巻き込む爆撃が報道されており、国連も既に多くの市民が犠牲になっていると報告している。

国際刑事裁判所を設立したローマ規程は、集団殺害犯罪(ジェノサイド)、戦争犯罪、人道に対する犯罪、侵略犯罪を訴追の対象としている。今回のICC検察官の発表は、ウクライナ戦争で戦争犯罪と人道に対する犯罪が既に起きていると信じる根拠があるとの判断で、予審裁判部の許可を得てから正式に調査を始めることになる。

これら4つの犯罪は時効がなく、犯罪を犯した個人が訴追され、裁判の対象となる。これまでにも、スーダンのアルバシール元大統領も含めて何人かが裁判を受けている。ローマ規定の締約国や国連の安全保障理事会も訴追の請求をICCに求めることができるが、ICCの検察官が調査を開始することもできる。

▲画像) 国際刑事裁判所( 2018年7月20日、オランダ・ハーグ) 出典:Photo by Ant Palmer/Getty Images

今回の発表では、侵略犯罪は取り上げられていないが、ローマ規程では、「国による他国の主権、領土保全もしくは政治的独立に対する、または、国連憲章と両立しないその他の方法による武力行使」と規定されており、ロシアのウクライナへの武力攻撃は、この規定に当てはまる。

ウクライナは、ロシアに対して直接かつ直前の脅威を与えていたわけではなく、従って個別あるいは集団的自衛の権利を行使する状況ではなかった。ロシアは、ドンバス地方の二つの地域の独立を一方的に認め、この地域に対して大規模な武力攻撃をしているとして軍事攻撃の根拠にしているが、現実にはウクライナがそのような軍事行動に出たという証拠はない。また、国連憲章第7章下の集団安全保障措置が適用されたのでもない。従って、ロシアの軍事攻撃は国際法上違法となる。

▲画像 ロシア軍の攻撃を警戒するウクライナの軍人たち(2022年2月25日、ウクライナ・キエフ) 出典:Photo by Anastasia Vlasova/Getty Images

ロシアの指導者はプーチン大統領であり、ウクライナへの根拠のない武力攻撃はプーシン大統領が命令したものであるため、ロシアのウクライナへの一方的軍事攻撃は、侵略犯罪の定義と一致し、ICCが締約国の要請あるいはICC検察官の調査に基づいてプーチン大統領を侵略犯罪で訴追することも可能性としては残っている。その場合、プーチン大統領がその職を退き、私人になった場合でも訴追からは逃れられない。

ただ、現時点では、軍事攻撃の停止や停戦、兵力の撤退を決定できるのはプーチン大統領以外いないため、政治的な意味でもプーチン大統領を侵略犯罪で訴追するのは賢明ではない。

しかし、今回のウクライナへの軍事攻撃は、国連憲章を中心とした国際法に基づく国際秩序を根底から崩すものであるため、将来的にプーチン大統領の責任を追求する選択肢は残しておくべきであろう。

トップ画像:ロシアの侵攻を受けたウクライナ(2022年2月25日、ウクライナ) 出典:Photo by Laurent Van der Stockt for Le Monde/Getty Images




この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

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