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.国際  投稿日:2022/4/19

ウクライナに手を焼くプーチン NATO加盟がカギに


嶌信彦(ジャーナリスト)

「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」

【まとめ】

・プーチン大統領は、侵攻停止の条件として、ウクライナのNATO加盟断念と中立化の確約などを提示。ウクライナは全面降伏を拒否。

・NATO勢力が隣り合わせに位置することはロシアにとって望ましくなく、ウクライナの独立やNATO加盟を阻止したい。

・国際刑事裁判所がロシアの戦争犯罪の捜査開始。国民や軍首脳からも批判が出始めているプーチン大統領の暴虐な政治も転機を迎えつつある。

 

 

 ロシアのプーチンという男は、ニュースで知る限り、本当に下劣で信用のできない非道な人間と思わざるを得ない。隣のウクライナ人民共和国を侵攻し、占領したウクライナ東部のドネツク、ルガンスクという2つの共和国を独立させた挙句、ロシアがその国を承認するという勝手なことを平気でやってのけようとしている。

2つの新しい共和国は、親露派住民に統治を任せようというたくらみだ。すでにロシアは2014年3月に黒海に面したクリミア半島を侵略し制圧しているが、ドネツク、ルガンスクはクリミア半島に続く地域だ。ロシア軍は侵攻にあたって、ミサイルなどでビルを次々破壊し、町は無惨な姿になっている。その結果400万人以上の住民は家を失い、ウクライナ側によれば、民間人の死者は1万人を超えている。

国連児童基金(ユニセフ)によると、ウクライナの子供750万人のうち約180万人が国境を越えて難民となり、250万人が国内で避難している。また500以上の教育施設が戦争の被害を受けているという。さらにロシア軍が支配した地域における一般住民の反露デモに対し、催涙弾や威嚇攻撃で強制的に解散させたり、反発する一般住民を集団的に街の外へ移住させ追放したりしている模様だ。

プーチンはトルコのエルドアン大統領との会談で、ロシアの侵攻停止の条件としてウクライナのNATO加盟断念と中立化の確約、ロシアの脅威にならないような形の非武装化を求め、ウクライナ東部の親露派支配地域の独立の承認などを条件として示したといわれる。ウクライナは全面降伏を拒否している。

■国際刑事裁判所がロシアの戦争犯罪を捜査

 一方、ウクライナ側は市民を交えてロシアの攻撃に激しく抵抗している。首都キーウ(キエフ)と並んで激しい戦闘が行われているウクライナ東部のアゾフ海に面する要衝の地・マリウポリ市(人口45万人)では水、電気が断たれ、食料不足も重なって人道危機に直面している。ロシア軍によって民間人の避難所だった劇場もミサイルで攻撃され、住宅や病院の爆撃も続き、欧米からはロシア軍の“戦争犯罪”を問う声が上がっている。

写真)ロシア軍撤退後に廃墟と化したキーウ北西部の町ボロディアンカ。(2022年4月5日)

出典)Photo by Anastasia Vlasova/Getty Images

実際、オランダのハーグ国際刑事裁判所(ICC)は4月2日、ロシア軍の戦争犯罪、人道に対する罪、集団殺人(ジェノサイド)の罪で操作を開始したと発表。カーン主任検察官が14日、多数の民間人の遺体が発見されたキーウ近郊のブチャとボロジャンカを訪問し、本格的に捜査に入るとICCが明かした。マリウポリはロシアの降伏要求を拒否したと伝えられている。

 ウクライナの大統領ゼレンスキー氏は、オンラインを通じて「スイスの銀行はロシアの資産と口座を完全に凍結すべきだ。ロシア人顧客の資産は総額19兆円~25兆円に上っている。ウクライナでは多くの子供たちが殺されている。あなた方もウクライナと一緒に悪と戦ってほしい」「独立国家として妥協できないことはある。領土の一体性であり我々の主権だ」「ただ私には交渉する用意がある。交渉しなければ、この戦争を終わらせることはできない。もしこの試みが失敗すれば第3次世界大戦を意味する」と述べ、「プーチンとの交渉だけがさらなる戦争を防ぐために必要だ」と表明している。

 これに対しプーチンは「欧米のロシアに対する経済制裁は宣戦布告に等しいものだ」と警告し、「制裁を受けてもロシアの発展は可能だ」と主張している。プーチンはウクライナの非武装化と中立化を掲げ、ゼレンスキー大統領に全面降伏の受諾を迫っている。

中立化構想はウクライナ側も構想しているが、ロシアの中立化構想とは内容が違っており、具体的な中立化議論になると簡単にはまとまらない可能性が強い。プーチンの考えは、ロシアから独立した衛星国をもう一度、ロシア指導の下で統一し、旧ロシア連邦を再構築しようということにあるのだ。従ってウクライナの支配が成功すれば順番に他の旧ロシア連邦化の国々も統一ロシアに組み込もうと狙っている。

NATO東部地域にはバルト3国、ポーランドなど約10ヵ国が存在し、兵力などの提供を伝えている。北欧のスウェーデン、フィンランドなどもロシア軍の侵攻を警戒しているのである。このため旧ソ連邦から独立した国々は身を守るため、EUに参加したりNATOに加盟して防衛体制を作ろうとしている。ロシアがウクライナを攻めたのも、ウクライナがNATOに加盟することを阻止したいためなのだ。NATOの一員になれば、加盟国が攻撃された時は、NATOが一体となって守ることを原則としている。逆にロシア側からすればウクライナがNATO入りすれば、ロシアにとって東方に拡大するNATOと隣り合わせになるため、何としてもウクライナの独立やNATO入りを阻止したいということになるわけだ。

ウクライナ問題の背後にはロシア対NATOが隣合わせになる状況が迫ることを意味しており、ロシアとしてもNATOが背中合わせになることは何としても避けたいのである。ウクライナがNATOの一員になれば、ウクライナに一旦、事が発生すればNATO全体で対応するという盟約が生きてくるだけに、ロシアとしてもNATO勢力がロシアの隣り合わせに位置するような構図は地政学、戦略論から言っても好ましくないのだ。

■旧東欧のロシア統治を目論むプーチン

 プーチンとすれば、旧ソ連の統治下にあった国々がNATO入りし、ロシアに近づいてくるのを避けるため、旧ソ連統治下にあったウクライナ、スロバキアなど旧東欧の約10ヵ国を再びロシア連邦の統治下に置きたいのだ。しかし、現実の動きはNATOが東方拡大し、ロシアに接近してきているのが実情となっている。それだけにウクライナの反発はプーチンにとって許せないものと映るのだろう。

 ただ、プーチンのウクライナ攻めは血も涙もない残忍なものだが、ウクライナは戦力では劣っているものの、抵抗はすさまじく、遂にロシアは首都キーウの制圧を一時的にあきらめ、主戦場を東部のマウリポリに移し、2014年に制圧したクリミア半島と回廊を作る作戦に変更し始めた。ロシア軍のミサイル攻撃や砲撃でマウリポリは孤立し、市街は壊滅状態になりつつある。

 こうした情勢を受けアメリカ、イギリス、フランスなどの欧米首脳は、3月24日にベルギー・ブリュッセルに集結した。「我々は一丸となってNATOの領土の隅々まで守り抜く」とし、ロシアの前線となるバルト海から黒海までの8ヵ国にNATOの戦闘部隊を置くことを決めている。ウクライナにEUは約1300億円、アメリカは1600億円の支援を決め、供与した対戦車ミサイルなどがロシアの前進を阻んでいるという。またバイデン米大統領は、「プーチンは戦争犯罪人だ。彼は21世紀において民主主義は機能せず権威主義の支配を確立することを目論んでいるようだが、我々は民主主義陣営を結束させて対抗する」と宣言。国連の人道決議に140ヵ国が賛成したことはロシアに対する強力なメッセージだと指摘している。

 またロシアの侵攻を批判せず、制裁に反対している中国に対しても、アメリカは「ロシアを支援する行動への責任は中国が負うことを明確に伝える」と述べ、中国がロシアへの支援に踏み切った場合には代償を科すことをためらわない」と警告している。

 ロシアのウクライナ侵攻は明らかに当初の思惑通りには進んでいない。またロシア経済は混乱に陥り、国民生活に悪影響を及ぼし始めている。こうした状況から、プーチンのウクライナ侵攻を批判するロシア軍幹部も出始めており、国内では数十の都市で「戦争反対」の大衆デモが続いている。プーチンはウクライナ攻撃は数日で片付くとみていたようだが、明らかに思惑は外れ、軍幹部まで含めた批判の声が高まっているのだ。

 かつて独裁を続け、自らは贅沢な暮らしを続けていたルーマニアのチャウシェスク大統領は大衆デモによって政権を倒された。しかも即刻、銃殺刑にされ裁かれた。プーチンの暴虐な政治をみていると、ついチャウシェスクのことが思い出される。世界から孤立し、国民や軍首脳などからも批判が出始めているプーチンの暴虐な政治も転機を迎えつつあるのではないだろうか。

トップ写真)アメリカへの入国を望み、メキシコとアメリカ間の国境に集まるウクライナの人々。(2022年4月5日 メキシコ・ティフアナ)

出典)Photo by Mario Tama/Getty Images

 




この記事を書いた人
嶌信彦ジャーナリスト

嶌信彦ジャーナリスト

慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、通産省、外務省、日銀、財界、経団連倶楽部、ワシントン特派員などを経て、1987年からフリーとなり、TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務める。

現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」にレギュラー出演。

2015年9月30日に新著ノンフィクション「日本兵捕虜はウズベキスタンにオペラハウスを建てた」(角川書店)を発売。本書は3刷後、改訂版として2019年9月に伝説となった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たち」(角川新書)として発売。日本人捕虜たちが中央アジア・ウズベキスタンに旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなる「ナボイ劇場」を完成させ、よく知られている悲惨なシベリア抑留とは異なる波乱万丈の建設秘話を描いている。その他著書に「日本人の覚悟~成熟経済を超える」(実業之日本社)、「ニュースキャスターたちの24時間」(講談社α文庫)等多数。

嶌信彦

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