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.国際  投稿日:2022/4/8

大規模戦争犯罪に発展か 国際法廷のプーチン訴追困難の見方も


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・プーチン大統領、他国の協力も有り、国際刑事裁判所に深刻な戦争犯罪を行ったとして訴追対象となる可能性大。

・ロシアは国際刑事裁判所の取り決めに批准していない為、訴追手続きに従う必要がなく、プーチン大統領らロシア政府、軍首脳の指示・命令、黙認などを立証するのは容易ではないという厳しい見方も。

・プーチン大統領は世界で戦犯扱いされ、今後大統領としての職務遂行は困難に。

 

ロシア軍撤退後、ウクライナ国内で市民の惨殺遺体が多数発見された事件の被害はさらに増える見込みといわれ、大規模、深刻な戦争犯罪に発展する可能性が強くなってきた。

ウクライナ侵略に伴う非人道的行為を捜査している国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)は、今回の虐殺も訴追対象とするとみられるが、プーチン大統領ら、ロシア政府高官の訴追は困難という厳しい見方もなされている。

■証拠隠滅に移動式火葬装置

ウクライナのゼレンスキー大統領は、キーウ郊外ブチャと同様の虐殺が他の都市でも起きている恐れを指摘、「ロシアは事実を歪曲して暴力の跡を隠ぺいしようとしている。インタビューを脚色、音声を再編集し、国民を殺害したのは他の誰かだとみせかけようとしている」と隠ぺい工作を強く糾弾した。

また、ブチャ同様、多くの犠牲者が出ているとみられる東部、マリウポリの市議会も、ロシア軍がやはり証拠隠滅のために、移動式火葬装置を運用しているーことを明らかにした。

■縛られて口に銃弾 

ロイター通信などロシア軍撤退の後、ブチャに入った西側メディアによると、犠牲者のほとんどが、ジーンズ、ジョギングパンツ、スニーカーなど普通の市民の服装。軍服姿はなかったという。

後ろ手に縛られて口の中に銃弾を撃ち込まれた遺体や、買い物の途中に殺害されたのか、ショッピングバッグを握りしめたままの遺体が発見されたことなどは、偶発的ではなく、意図的、無差別に市民を狙った殺人であることをうかがわせる。 

「殺害、拷問、性的暴行のための組織的な犯行だ」(アメリカのブリンケン国務長官)の指摘が現実味を帯びて響く。

ブチャでの惨状が明らかになった直後、バイデン米大統領は、「戦争犯罪だ。プーチンは戦犯」と非難。

イギリスのジョンソン首相は4月7日、「プーチンがウクライナで行っていることは、ジェノサイドにしかみえない」と述べ、組織的、計画的な大量虐殺を意味する強い表現を用いて〝告発〟した。

■各国は国際法廷に全面協力

各国は、あらたな制裁などを科す一方、強制力をもつICCに対し、関与した容疑者を処罰することへの要請、期待を強めている。

英国のトラス外相は4月6日、声明を発表、「クレムリンはウクライナでの市民襲撃についてウソを重ね、ニセ情報を流している。ブチャであれどこであれ、戦争犯罪の責任を問うことについてICCを支援する」と述べ、ICCの捜査、訴追に全面協力する姿勢を鮮明にした

アメリカのサリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)も訴追に向けて、米国・同盟国の情報機関の活動、ウクライナ自身が集めた情報、国連など国際機関の調査結果、メディアの報道ーを集約、戦犯訴追の証拠とする方針を強調した。 

■市民虐殺も訴追対象に

ICC自身は、今回の大量殺人についての方針を明らかにしていないが、同裁判所検事局は、ロシアの侵略直後の2月末から、職権で戦争犯罪に関する証拠集めに着手、3月初めにカリム・カーン主任検察官(英国出身)が捜査を開始する方針を正式に表明している。

今回の事件が明らかになる以前に発表された同検事の声明は、「捜査にはあらたな訴えも含まれる」と述べていることから、市民虐殺も対象に追加される見込みだ。

一方で、英国の法律専門家らによると、実際に残虐行為に関与した者の訴追、とくにプーチン大統領らロシア政府、軍首脳の指示・命令、黙認などを立証するのは容易ではないという厳しい見方も少なくない。

罪もない市民殺人に関与した容疑者を訴追、有罪に持ち込むためには、ICCが訴追対象とする集団殺害(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪のいずれかの構成要件を満たす必要がある。

ロシアはICC設置の取り決めを批准しておらず訴追手続きに従う必要がないため、取り調べや、仮にICCが逮捕令状を発行しても、応じることはあり得ないとみられる。

ICCはこれまで、国内紛争などに絡んでコートジボアールの前大統領ら現職を含む3人の政府首脳を訴追したがいずれも有罪に持ち込むことはできなかった。

しかし、最新のテクノロジーを駆使して関係者の携帯電話の通話記録を解析、ベリングキャット(英国の調査報道サイト)など人権監視団体の情報、メディアの報道などを利用すれば、活路を開くことができるとの見方もある。

また、ICC検事局はロシアがクリミアを併合した2014年から、ロシアの戦争犯罪に関わる情報を収集してきたことから、これを活用して、訴追対象の事案を広げる可能性も取りざたされている。

政府、首脳の逮捕状にしても、可能性は薄いながらも、ロシア国内でのレジーム・チェンジで現在の政府首脳が政治力を失った場合の実現に望みを繋ぐむきもある。

プーチン、外遊できず職務遂行が困難

▲写真 クリミア併合を記念する式典で演説を行うプーチン大統領 出典:Photo by Getty Images

一方、刑事訴追、有罪判決などを逃れたとしても、プーチンの今後の政治的、個人的な立場は、さらに危うくなったというべきだろう。

プーチンがウクライナ市民の大量殺害について、指示、命令を与えたかの真相はともかく、最高指導者たるものはすべての結果について責任を問われる。

戦犯扱いされ、ICC加盟の123カ国を訪問した場合は、逮捕状を執行され身柄を拘束されるというから、海外で首脳会談を行う機会は大幅に狭められる。大統領としての職務遂行は事実上困難になろう。

今回の市民虐殺が明るみに出たことで、もっとも驚き、臍を噛んだのはプーチンそのひとではなかったか。

トップ写真:オランダ、ハーグに設置されている国際刑事裁判所 出典:Photo by Michel Porro/Getty Images




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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