日本だけが出来る世界一のウクライナ支援
照井資規(ジャーナリスト)
【まとめ】
・戦死者の約3倍の人が手や足を失い、社会復帰が困難となる傾向がある。
・日本には明治以来優れた義肢技術があり、それは戦場で最も求められる支援の1つ。
・ウクライナへの義肢支援は日本の防衛や発展にも還元され、大きな国益となる。
ウクライナでは野整備義肢が熱望されている
戦傷病者数の尺度として、戦死者数の約3倍、手足を失うなど社会復帰が困難な負傷者が発生する。さらに負傷者数の3倍もの人が、PTSDなどの精神疾患により生活に支障を来すようになる。その年齢層の多くは働き盛りの国の屋台骨だ。
現実にウクライナの戦地から報道される映像からは手足を失った負傷者が相当数に達していることが判る。戦傷病の治療では、生命は機能に、機能は外観に優先させるのが鉄則だ。平時の医療であれば設備の整った環境で損傷した手足を丁寧に治療し温存することが可能だ。しかし戦場で、限られた医療資源を節用し、治療能力に比し傷病者数が圧倒的に多い状況では、救命のために患肢を切断せざるを得なくなる。生命は手足の機能に優先するのである。手を失ったならば、前腕を裂いて橈骨と尺骨を分離することで「指」とするクルッケンベルグ手術が行われることがある。「手という機能」は「前腕の外観」よりも優先されるためだ。
こうした状況から戦地で今、最も求められているものの1つが「野整備義肢」だ。野整備とは専門の設備や技術者を必要とせずに現場で組立・調整ができる機能のことだ。安価で大量に短期間で揃えることも求められる。
脚を失っても義足があれば自分で歩くことができる。手を失っても義手があれば生活ができる。移動と作業ができれば社会と関わることができる。そこで機能が充実した義肢を装着できるまでの繋ぎとしての野整備義肢が求められているのだ。
世界に誇る日本の義肢技術
日本には義肢に関する優れた技術がある。写真は乃木希典陸軍大将が日露戦争での上肢切断者用に、ものをはさめるように改良した「乃木式義手」である。乃木大将は石黒忠悳軍医総監とは少尉以来の友人であったため、石黒総監が収集した資料を基に自ら図面を引き、製造には独特な拳銃の設計で有名な南部麒次郎砲兵少佐の協力を得て作業用能動義手を完成させた。これは当時の世界では前例の無いものであった。腕を失った傷痍軍人は乃木式義手により文字を書けるようになり、明治44年(1911)にはドイツのドレスデンで開催された万国衛生博覧にて展示されるようになる。「乃木式義手」は作業用能動義手の手本となり、第一次世界大戦後のドイツでは乃木式義手と全く同じ構造の義手が製造され、腕を失った傷痍軍人の社会復帰に採用された。現在、当時の世界に先んじていた乃木式義手の実物は戦傷病者史料館「しょうけい館」にて見ることができる。筆者は当館の語り部育成事業研修生(第1期)であった。
▲写真 乃木式義手(しょうけい館所蔵)。筆者提供。
野整備義肢がウクライナにもたらす効果
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻による戦死者は発表される最も多い数字で、ウクライナ軍2万3千人以上、ウクライナ市民2万2千人以上(※1)、に上る。先述したように、ここから見積もられる義肢の需要は13万5千セット以上である。しかし、本格的な義肢は高価で製造にも日数を要し、装着までの調整は1人ずつ行う必要がある。
肘から先、膝から先の義肢の価格は30万円~50万円、上腕部からの義手、大腿部からの義足であれば100万円を超えるため、安価で短期間に数を多く揃えられ、特殊な技術を必要としない、当面の間の繋ぎとなる野整備義肢が必要とされている。
義肢装具総合メーカーである株式会社小原工業では1946年の創業依頼の実績から使用者自身が組立・調整ができる安価な義足である“HOPE”の開発を行ってきた。その特長は野整備義足として理想的であり、日本によるウクライナ支援事業として表現すると図のようになる。
野整備義足によってウクライナを支援したならば、義足ができあがるまでの間、負傷者の患肢の機能を繋ぐことができるため、労働力が維持されて復興支援に役立つ。外傷が塞がり次第、動けるようになることは「避難できる」「働いて生計を立てられるようになる」ことだ。これは傷病者の人生を繋ぐことに役立つ。兵役年齢層は労働人口の中心そのものであるから、その社会復帰はウクライナの経済を支えることになる。それは日本の国際的評価の向上にも繋がるものだ。
発展性のある義肢技術が還元されて日本を支える
ウクライナに武器や弾薬を送る支援では一部の産業は潤うが、国全体では望まないインフラを招くおそれがある。支援は日本の国益に資するものであるべきだ。野整備義肢による支援を行えば、その実績による成果を日本に還元することができる。
野整備義足は治療が終われば生涯使用する義足に交代することになるが、長年使用する義足の形状をpowered exoskeleton(強化外骨格)と共通化することで、欠損した足とその機能を補う「補足」に加え、「支持」「増強」の身体的能力に関わる全ての分野での発展がもたらされる。それは日本でも求められているものだ。
外骨格構造の義肢がもたらす「支持」の分野の発展
“HOPE”を開発した小原工業が製造する義足は創業当時から外骨格の構造をしており、日常の生活にも長く耐えられるよう、その筋金は鍛造により製造されているため、二次加工が加えられても耐久性を維持できる。使用者の体型に合うように変形させても長く使用できるこの構造と堅牢さとが、足があるものの動かせない麻痺患者の装具との構造の共通化を実現した。動かない足を「支持」し、患肢を保護し変形を予防する効果がある。
外骨格構造がもたらす身体能力「増強」の分野の発展
外骨格構造は健常者の身体機能を「増強」することもできる。外骨格構造単独で動力を必要とせずに身体を支えられるため、重量物を背負っても身体に負担をかけることなく移動できる。軍隊で最も採用されているものがこの人力型powered exoskeletonであり、筆者もカナダ軍が採用しているものを実際に目にしたことがある。
日本の国土は70%が山地であるから、人力型外骨格の普及だけでも労働の分野でも大きな変化をもたらすことができる。
外部から動力を提供するパワーアシスト型外骨格は介護の分野での、介護者を抱き上げてのベッドの移動や、倉庫作業などでの着用者の体力的負担を軽減できるため、民生分野での開発も急速に進んでいる。
超高齢化社会の日本では転倒による骨折により寝たきりになり、1年以内に約100万人が社会に関わることなく死亡してしまう。筋電義手の技術を盛り込めば、寝たきりの人、四肢麻痺や筋力低下により歩行困難な車椅子生活者の自律歩行をも可能にもできる。
▲写真 脊髄損傷により普段は車いすで生活するアマンダ・ボクステルさんの歩行を支援するバッテリー駆動の装着型ロボット外骨格。車いす使用者や脊髄損傷者の立ち上がりと歩行を支援するために設計されている。(2011年10月21日 英・ロンドン) 出典:Photo by Dan Kitwood/Getty Images
戦争以外での野整備義肢よる国際貢献
野整備義足は戦地に限らず世界中で必要とされている。その需要は平時から恒常的にあるもので、義足であれば、必要とする患者数は世界中で約6500万人いる一方で、費用や技術の問題、義肢装具士の不足などで義足が装着できているのは僅か5%である。義足を必要とする患者は毎年150万人ずつ増えており、50年には1億3千万人を超える予測もある(※2)。子供が対人地雷により足を失った場合、成長に合わせて義足を変えていく必要があるが、野整備義足であれば使用者自身で調整することができるため、将来の国を支える人材育成にも役立つ。
このように野整備義肢による支援により得られるものは非常に大きく、日本の経済の発展にも寄与できるものだ。日本は人と技術が資源であり、世界と関わらずには存続できない。そのためにウクライナを支援することは重要であるが、武器や弾薬を送らずとも日本ならではの方法で国益につながる世界一の支援を行うことができる。
※ 1 4月24日NHK news
※ 2 ISPO:International Society for Prosthetics and Orthotics 国際義肢装具学会による
トップ写真:ロシア軍の攻撃で足を負傷し、病院に搬送されたウクライナ軍志願兵(2022年4月29日 ウクライナ・ドネツク州クラマトルスク) 出典:Photo by Scott Peterson/Getty Images
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この記事を書いた人
照井資規ジャーナリスト
愛知医科大学非常勤講師、1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。
同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科、幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務め、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。国際標準事態対処医療インストラクター養成指導員。著書に「イラストでまなぶ!戦闘外傷救護」翻訳に「事態対処医療」「救急救命スタッフのためのITLS」など
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