大学教育の変革こそが日本経済浮上のカギだ
福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)
【まとめ】
・日本の教育はAI時代に必要な能力育成に遅れている。
・企業の人材育成力が低下し、大学の役割が重要になっている。
・大学は学生に意識変革をさせ、現実に即した教育を企業、文科省と連携し行わねばならない。
AI時代に今の日本の教育は適応できているのだろうか。
世界最大のビジネス特化SNSのリンクトイン社(LinkedIn)のチーフエコノミック・オポチュニティーオフィサーのAneesh Ramanは、AIが益々進化することにより、情報によって動かされる経済(知識経済)から、自ら新たなことを生み出して行く(革新経済)へと移行しつつあると主張している。 このAI時代に必要な能力として、同氏は、creativity(創造力)、curiosity(好奇心)、courage(勇気)、compassion(共感力)、とcommunication(コミュニケーション力)の5つを挙げている。
果たして、日本の教育は社会に出る前の若者にこれらの能力をつけるだけの教育をしているだろうか。日本の人材教育は世界的な比較で見ると劣化している。人口減少で労働人口が減る中、一人一人の人間の質を高めて、生産性を上げなければ、これからの日本は成長できない。
いわゆる終身雇用に根差して、企業が従業員の一生の面倒を見るのが典型的だったかつての日本企業では、社員研修も完璧に行われていた。経済力の低下が叫ばれる今、日本に必要なのは人材だ。しかしながら、この人材の力を高めることが困難になっている。
企業の能率性、労働力の価値を高める為の重要項目である『企業の決定能力』、『従業員の労働意欲』、『社員研修』、『語学』のどれをとっても、他国と比べると日本のレベルが低いことが実証されている。
IMDによれば、企業の意思決定の迅速さ、機会、脅威への対応、起業家精神を測る戦略的意思決定速度で、日本は67か国(2024年)中63位だ。Gallup社による従業員エンゲージメント調査で日本企業の仕事に情熱を感じる従業員の比率は6%と調査対象139か国中、最低レベルだ。(2023年) 世界経済フォーラムの調査での日本の社員研修はDX研修の導入率も低く、全体では低いレベルと評価されている。語学では、EF、EPI英語能力指数では日本は116か国中92位(2024年)だった。
かつて企業に入社する社員の中には、入社後に、「大学で学んだことはすべて忘れて構わない。学ぶのはこれから」と言われた人も多かったはずだ。社内講習、そしてオンザジョブでその企業文化、社会の常識、実務を徹底的に学ばせられたものだ。ところが、今の企業にはそれほど社内教育を充実させられる余裕が見られない。教育は外部コンサルタントによる研修や、国、自治体の助成金によるリスキリング制度に頼らざるを得ず、実質は本人任せだ。
企業で人材教育を十分できないのであれば、そこを補うのが大学だ。社会に出しても十分に通用する人材育成こそ大学の使命だ。その大学に入学したというだけで学生を満足させて、アミューズメントパーク化した大学を最終的に卒業させれば、それで使命を終えるのではない。その為には、現実に即した、学生が十分に学べる環境整備が今以上に必要だ。
企業で働きつつ、大学で教えた筆者にとって、大学教育がこのままでは不安な点がいくつかある。
学生に緊張感が欠けており、勉強しなくても社会に出ればどうにかなると思っている学生が多い。筆者が主として教えた大学のクラスの中に、毎期、何人かは必ず、どうしてこの大学に入れたのかわからないレベル、或いは、やる気の無い学生がいた。そのような学生がクラスの進行を妨げ、授業のレベルが下がり、残りの学生が学ぶ機会を失わせたものだ。私の知っている限り、米国の大学では、授業について行けないと放校される制度がある。当然、授業について行けない学生は必死になる。それくらいの緊張感が大学には必要だ。日本の大学には、在学中に学ばなければ、社会に出てからでは遅すぎるという認識が欠けている。
別の大学で、金融関係の科目を担当したことがある。作成したシラバスについて学校側から数点の注文をつけられた。そのほとんどが、その大学の学生には理解できそうもない項目の追加だった。学生からも「新任の教員は張り切って授業を行うが、実際の学生はそのレベルに達していない」との告白めいたコメントを最初の授業後に受けた。本来ならその大学の現実に即した教育をすべきだが、対文科省の手前、そうもいかなかったのだろう。
授業時間を1コマ90分から100分に変えた大学も増えている。学生にとっては90分でも授業に集中するのは大変だ。授業時間を長くしたからといって、学ぶ量を増やせるわけではない。集中力が途切れることで学習効率が悪くなるだけだ。
今、日本はAIのうねりに右往左往しつつ、人口減少による経済力低下に対応する為に、一人一人の労働力を高めなければならない。創造力、好奇心、勇気、共感力、コミュニケーション力を身につけさせる教育を行っている大学は残念ながら見当たらない。大学は器の形だけを考えるのではなく、大学生に意識変革をさせ、現実に即した教育を、企業、文科省とも連携を取って行わなければならない。そうしなければ、かつてのように人材教育に注力できなくなった日本企業は、人材力低下のスパイラルに陥ってしまい、日本の経済力向上は望めない。
トップ写真:大学の授業の様子
出典:Photo by 1001nights/Getty Images
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この記事を書いた人
福澤善文コンサルタント/元早稲田大学講師
1976 年 慶應義塾大学卒、MBA取得(米国コロンビア大学院)。日本興業銀行ではニューヨーク支店、プロジェクトエンジニアリング部、中南米駐在員事務所などを経て、米州開発銀行に出向。その後、日本興業銀行外国為替部参事や三井物産戦略研究所海外情報室長、ロッテホールディングス戦略開発部長、ロッテ免税店JAPAN取締役などを歴任。現在はコンサルタント/アナリストとして活躍中。
過去に東京都立短期大学講師、米国ボストン大学客員教授、早稲田大学政治経済学部講師なども務める。著書は『重要性を増すパナマ運河』、『エンロン問題とアメリカ経済』をはじめ英文著書『Japanese Peculiarity depicted in‘Lost in Translation’』、『Looking Ahead』など多数。
