日本での「トランプ叩き」の構造 その1 反トランプ錯乱症か

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・日本側ではトランプ大統領を非難する論調が目立っている。
・米国民の多数派がトランプ氏に信託を与えた事実を無視している。
・理由の一つは、トランプ氏へのネガティブな感情が日本メディアや識者間で強いこと。
アメリカでは第2次トランプ政権が発足し、活発きわまる動きをとり始めた。この政権、そしてそれを率いるドナルド・トランプという政治家をどうみるべきか、現地のワシントンでの展開を目撃しながら論じたい。
日本側ではこのところ主要新聞を主体にトランプ大統領を非難し、揶揄し、あざけるという論調が目立っている。アメリカ国民の多数派がトランプ氏の政策に賛同し、信託を与えたという大きな事実をまるでみないかのようだ。トランプ氏の政策も日米同盟の重視、中国との対決、中東戦争の停戦実現、そしてウクライナ戦争の停戦への調停など、血なまぐさい戦闘を減らす方向への動きは肝心のアメリカ国民多数派からは歓迎されている。
そんな大きな潮流をみずに、トランプ大統領の片言隻句を文脈から切り離して、ねじ曲げ、ひたすら叩く。日本側でのこんな現状は貴重な同盟国アメリカの政治の現実をみていないと感じさせられる。日本の国運をも危うくする危なっかしい誤認、誤断である。
日本側のそうしたトランプ誤断を現地のアメリカから構造的に論考することとする。
まずトランプ氏の当選の意味にさかのぼって報告しよう。
トランプ大統領は2024年11月の大統領選で圧勝した。その一方、選挙期間中は日米マスコミの報道や識者の発言では「大接戦」と報じられていた。ところが、フタを開けてみると全く違う結果に終わった。激戦州のすべてはトランプ氏が制し、総得票数でもカマラ・ハリス氏を上回った。共和党候補が選挙人の数だけでなく、総得票数でも勝利したのは、実に20年ぶりだった。
メディアや識者は、なぜ一連の情勢を読み間違えたのか。数多くの要因があるが、その一つとしてトランプ氏へのネガティブな感情がとくに日本のテレビ・新聞を中心としたメディアや識者の間で強いことにあったといえる。
そして日本側のこのトランプ氏への誤断は2025年2月のトランプ・石破両首脳の初の会談に関しても、無惨に露呈した。日本側の朝日新聞などが事前に報じた『トランプ大統領からの日本への激しい要求』など、まったくなかったのである。
こうした日本側でのトランプ氏へのゆがんだ認識の背景としては、まず日本国内のアメリカ通とされる識者たちはトランプ氏に対して、嫌い・憎い・いやらしいといったネガティブな感情に支配され、冷静な判断ができなくなったという印象がある。これは、アメリカ国内のリベラル派にも存在した。あげくの果てには、トランプ氏当選後も「民主主義の敵」「ヒトラーだ」などとののしっている。アメリカ国民の多数派が民主的な選挙でトランプ氏に信託を与えたという厳然たる事実を無視しているのだ。
この種のトランプ氏糾弾をアメリカの保守層は「反トランプ錯乱症候群(TDS)(編集部注:Trump derangement syndrome)」と呼んでいる。実際に、アメリカ論壇のリベラル派の著名な評論家で、ニューズウィーク誌国際版の編集長を務めた経験もあり、現在はワシントン・ポストのコラムニストを務めている評論家のファリード・ザカリア氏がその事実を認めていた。
ザカリア氏はトランプ氏を長年にわたり批判しているものの、アメリカ国民の多くがリベラル系の政治家によって重い税負担や過剰な規制を課されたことへの不満が高まったことがトランプ氏圧勝へつながったとワシントン・ポストで認めていた。そして「反トランプ錯乱症候群」という現象は確かに存在するとして、その行き過ぎはリベラル派、民主党側も気をつけようと警告していた。日本のマスコミもTDSによって冷静な判断ができなくなったからこそ、ハリス氏が勝利するなどという見立てをしていたのだろう。
TDSについてさらに述べるならば、アメリカの主要メディアの偏向報道はすさまじいものがあった。トランプ叩き、ハリス礼讃の暴走だった。ではなぜ、トランプ氏をそこまでして、つぶそうとしたのか。その理由は、トランプ氏が民主党系のメディアに徹底して反撃し、決定的に対立していたからだといえる。メディア側はトランプ氏を絶対に許せない存在として、選挙でない方法を使ってでも引きずり降ろそうとしたのだ。この場合のメディアとは、主要メディアの大多数、つまりニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズ、テレビでは地上波の三大ネットワークのCBS、NBC、ABC、さらに日本での影響力の大きいCNNなどのことである。
ニューヨーク・タイムズ内部の編集会議の内容が外部に流出したことがあった。その会議の席で編集局長が「ロシア疑惑でトランプ打倒を図ったが、ダメだった」と話していたことが発覚したのだ。
「ロシア疑惑」に関しては、特別検察官が1年10ヵ月もの
長期間、捜査を行ったものの、起訴対象になる証拠が一切出なかった。「ロシア疑惑」に関する内容が記されたスティール文書というものが出回ったが、発信元はイギリスの元諜報工作員でロシアを担当していたクリストファー・スティールという人物だった。その人物がトランプ氏と当時の選挙戦で争ったヒラリー・クリントン氏の陣営から委託されて作成したのがこの文書だったのだ。
スティール文書の中身は非常にいい加減なものなのに、CNNが同文書の内容があたかも事実のごとく報道したのだった。その内容はトランプ氏がモスクワにいたとする日時に同氏が他の場所にいたことが確認されているなど、一読して、虚構に満ちたことが明白だった。
もちろんトランプ氏も黙っていない。即座に「フェイク・ニュースだ」と否定した。だがニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストもCNNに密着する形で「2016年の大統領選挙ではトランプ氏とその選対陣営はロシア政府と共謀して、アメリカ有権者の投票を不正に操作した」とする「ロシア疑惑」を拡大報道したのだった。
そうしてトランプ氏と主要メディアとの対決が始まったのだった。しかし結局、ロシア疑惑なる主張は事実無根だったことが証明されてしまった。
ロシア疑惑が不発に終わったことを受け、ニューヨーク・タイムズは人種カードでトランプ氏を攻撃することに切り替えた。たとえば、反警察主義的なBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動を礼賛する報道を続けながら、「トランプは人種差別主義者だ」というレッテル貼りを繰り広げていったのである。
(その2につづく)
#この記事は月刊雑誌WILLの2025年4月号掲載の古森義久氏の『日本のメディアは何故トランプ叩きに終始するのか』という論文を一部、書き直しての転載です。
トップ写真)ドナルド・トランプ -2025年3月9、ワシントンDC
出典) Samuel Corum/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

