コロンビア左派政権、発足1周年直前で大ピンチ
山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・昨年夏発足したばかりのコロンビア・ペトロ左派政権が社会改革遅延などで大苦境に。
・スキャンダルも重なり大統領支持率急落。
・反米左派のベネズエラ現政権への急接近に懸念も
■医療保険制度改革めぐり連立崩壊
昨年8月7日、コロンビア史上初の左派政権を率いて登場したペトロ大統領が重大な危機に直面している最大の要因は、表看板の社会改革が連立政権内のゴタゴタもあって実現の見通しが立たないことだ。
ペトロ氏が大統領に当選した背景には、社会・経済の不平等の是正を叫ぶ国民の強い声が高まっていたという事情がある。実際、ペトロ大統領は就任早々、税制、医療保険、年金、労働、教育など多くの分野で改革に着手した。ところが、税制改革を除くと他の改革は事実上ストップした状態。それというのも、大統領の政党「歴史同盟」は議会少数派で他の政党と連立を組まざるを得ない状況の中で、肝心の連立政権内で改革をめぐり亀裂が生じたためである。
諸改革のうち、とりわけ医療保険制度改革に関し、連立政権の対立が激化、先ごろ、中道左派など有力政党が連立から離反する混乱が起きた。連立政権崩壊でペトロ大統領は新たな連立づくりを余儀なくされた。こうした事態を受け、すでに議会に提出されていた労働改革など他の改革案の審議も大幅に遅れる形となっている。
■ゲリラ組織との和平交渉進まず、醜聞続出
ペトロ大統領が社会改革とともに優先課題として掲げた国内武装組織との和平交渉も遅々として進んでいない。2016年に当時、南米最大の左翼ゲリラ組織といわれた「コロンビア革命軍」(FARC)が政府と和平合意を受け武装解除後、合法政党となって以来、最有力ゲリラ組織として残った新キューバ系の「民族解放軍」(ELN)との和平交渉がこれまでに3回行われたが、進展はほとんどないもよう。
ELNは約5千人のメンバーを抱え、コロンビア全土150カ所以上を拠点としており、数年前と比べ活動が一層活発化しているという。ペトロ政権はELNのほか、FARC離反グループや複数の犯罪武装組織との対話にも乗り出しているが、成果が出ているとは言い難い。
さらにペトロ大統領にとって頭の痛いのが身内や側近のスキャンダル。今年3月、大統領の長男ら親族が服役中の麻薬犯罪者と取り引きした疑惑が浮上。6月には大統領最側近の補佐官が職権乱用などで検察の捜査対象となった上、大統領が任命した駐ベネズエラ大使による不正資金暴露発言が漏えいするなど醜聞が相次いで表面化した。
現地の有力世論調査機関が今月初め公表したところによれば、ペトロ大統領の支持率は3月以降急落し現在は33%、不支持率は61%に達している。「ペトロ大統領は就任1周年を間近に控え早くもその前途に赤信号が灯った」(コロンビアの有力メディア)感がある。
■ベネズエラ急接近に懸念の声
コロンビアに関し中南米専門家の多くが気にするのは、内政問題だけでなく外交政策の転換の可能性である。コロンビアが近年、親米政権の下で米国と良好な関係を続けてきたのは周知の事実。ところが、ペトロ大統領の登場によって対米関係の緊張が米国を中心に取りざたされるようになっている。
ただ、現在までのところ、米・コロンビア関係が大きく変わる事態にはなっていない。これについては「バイデン政権がコロンビアが反米外交に転換するのを警戒し、ペトロ政権の引き留めに全力を挙げている」(コロンビア有力紙)との見方が有力。事実、昨年10月ブリンケン国務長官が首都ボゴタを訪問して以後、ヌーランド国務次官、マヨルカス国土安全保障長官らが相次いでコロンビア入り。最近ではリチャードソン米南方軍司令官も訪問している。4月にはバイデン大統領の招待でペトロ大統領がワシントンを訪れ、2国間問題を話し合った。
とはいえ、米国の懸念が払しょくされたわけではない。ぺトロ政権が反米左派のベネズエラのマドゥロ政権との関係緊密化を急いでいるからだ。ペトロ大統領は昨年8月の就任直後、マドゥロ・ベネズエラ大統領とともに両国の外交関係の再開を表明した。コロンビアでは親米右派のドゥケ前政権がマドゥロ大統領ではなく、親米派のグアイド氏を正式のベネズエラ大統領として承認したことから2019年2月以降、両国国交が断絶状態となっていた。
国交回復後、ペトロ大統領はベネズエラに急接近、昨年11月カラカスを訪問して以来、すでに3回マドゥロ大統領との首脳会談を行っている。「これ以上、ペトロ政権がベネズエラのマドゥロ政権と親密になるなら、米国も黙っていないはず」(メキシコ有力紙)との声が上がるのも当然だろう。
(了)
トップ写真:米国務長官のコロンビア訪問の一環としての会談後の共同記者会見で写真を撮るブリンケン米国務長官とコロンビアのペトロ大統領(2022年10月3日、コロンビア・ボゴタ)出典:Photo by Guillermo Legaria/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長
南米特派員(ペルー駐在)、