ハマス、人質が「切り札」から「負担」に
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#44
2023年10月30-11月5日
【まとめ】
・イスラエル、「空爆」から地上戦の「漸進的拡大」という第二段階に入った。
・イスラエルは戦力を小出しに投入し、火力の優位を最大限発揮する。
・ハマスもイスラエルも「進むも地獄、留まるも地獄」。
早いものでこの原稿は年初から数えて44回目となる。2023年もあと二か月しかないのかという思いと、今後二カ月で更に何が起こるのかという不安が交錯する。先週も書いたが、世界の関心がガザ、ガザ、ガザならば、ウクライナや南シナ海への関心は薄れてしまう。結局マスコミ紙面はゼロサムゲームなのだ。やはり欧州と中東とインド太平洋を一つの戦域として考える必要があることを改めて痛感する。
それでも、今週もまずはパレスチナ情勢から。筆者の見る現時点での状況は次の通りである。
●イスラエルは「空爆」中心の第一段階から、地上戦の「漸進的拡大」という第二段階に入ったようだ。予想された全面地上侵攻を避けた理由はいくつか考えられる。
●戦術的には、戦力を小出しに投入すればイスラエル軍の死傷者も少なく、圧倒的な航空優勢を維持できるので、イスラエル火力の優位を最大限発揮できるからだ。
●対外的にも、人質解放と人道支援供給に関心が移ってきた欧米諸国の理解を得やすいと考えたのだろう。勿論「漸進的」といっても、圧倒的な火力なのだが・・・。
●限定的侵攻にはレバノンのヒズボラやイランの介入を牽制する戦略的狙いがあるのだろうが、これに対するハマス側反撃も不思議なほど限定的らしい。ハマスは反撃できないのか、それとも敢えて反撃しないのか?正直良く分からない。
●第二段階の特徴としてイスラエル特殊部隊投入を挙げる向きもある。だが、筆者が調べた限り、2013年夏の地上戦でも特殊部隊は空爆と同時またはその後並行的に投入されていた。特殊部隊の活動が公に報じられる頃には、その仕事の大半は終わっているか、失敗しているかのどちらかではないか。
●ハマス側もそろそろ人質が「切り札」から「負担」になり始める頃だろう。イスラエルの圧力が強まれば戦闘員も移動退避が必要だが、そこで200人以上の人質を連れて動くのは容易ではない。人質が死亡でもすれば国際的非難を浴びる。ハマス側も、イスラエルと同様、「進むも地獄、留まるも地獄」になっている筈だ。
ガザ市内での地上作戦は、小規模侵攻からの漸進的拡大とはいっても、考えただけでぞっとする。だが、こうした中で全く影すら見えないのが西岸のラマッラにあるパレスチナ自治政府、特にアッバス議長だ。自治政府が最後に実施した選挙は2006年、これではパレスチナ人は「自己統治能力」を欠いていると言われても反論できないだろう。この点については今週の産経新聞WorldWatchに書いたので、ご一読願いたい。
さて、続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
10月31日 火曜日 EU大統領、モンテネグロとセルビアを訪問
【彼女はその後、ボスニア・ヘルツェゴビナも訪問する。世界の関心がガザに集中する中、バルカン半島でも不穏な動きが生じないと良いのだが・・・。】
日銀、政策金利を発表
ドイツ首相、ナイジェリアとガーナ訪問を終える
米副大統領、英国訪問(11月2日まで)
11月1日 水曜日 仏大統領、カザフスタンとウズベキスタン訪問(2日まで)
【マクロンも忙しい男だが、中央アジアにもちゃんと目を光らせているのであれば、それなりに頑張っているではないか。】
EU大統領、ボスニア・ヘルツェゴビナ訪問
【前述の通り】
米国務長官、サウジ国防相と会談
【過去一か月間、ブリンケンは大忙しだが、この動きを見ていると、米国が今回のイスラエル地上侵攻が地域紛争に拡大する可能性を如何に深刻に考えているかが良く分かる。】
中国、国連安保理議長国(11月一カ月)
【11月中に安保理で進展が期待できないことだけは確実である。】
ブラジル中銀、政策金利決定
11月2日 木曜日 国連事務総長、英首相と会談
G-7と主要国の外相、ウクライナのエネルギー危機問題でテレビ会談
11月3日 金曜日 米通商代表、南アフリカ大統領と会談
11月4日 土曜日 豪首相、訪中(7日まで)
【豪外交の真価が問われる訪問となるので、要注目だ。】
11月5日 日曜日 モルドバで地方選挙
11月6日 月曜日 クック諸島、Pacific Islands Forumを主催
今週も時間の関係でコメントはこのくらいにさせて頂こう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ハマスが公開したビデオに登場したレン・トルパノフ氏の友人らが人質解放を訴え開催した会見。2023年10月30日 イスラエル・テルアビブ
出典:Photo by Amir Levy/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。