イラン指導部、対米攻撃を選択する可能性も
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#05
2024年1月29日-2月4日
【まとめ】
・米軍基地への無人機攻撃で兵士3人が死亡、ガザでの紛争が湾岸地域にも波及しかねず、極めて重大。
・米・イランともに、両国間の直接戦闘を望んではいない。
・親イラン武装勢力の動き次第では、イラン指導部が対米攻撃を選択する可能性はゼロでない。
(編集部注:米軍は2024年2月2日、イラクとシリア領内にある親イラン武装組織の拠点に対し、報復措置としての空爆を行った)
今週は中東情勢から始めたい。先週筆者は「イランは米軍との直接戦闘は望んでいないだろうが、逆に言えば、直接戦闘の手前まで対米『代理戦争』を続けるだろう」と書いた。ところが、先週末、正に筆者が恐れていたことがシリア・ヨルダン国境付近で起きてしまった。
各種報道によれば、1月28日未明、ヨルダンのシリア国境付近にある米軍の前線基地宿舎が無人機攻撃を受け、兵士3人が死亡、40人以上が負傷したという。昨年10月7日以降、中東で米兵が死亡したのは初めてだ。元々同基地は米軍のシリア国内での対ISIS作戦の最重要拠点の一つであったといわれる。
親イラン民兵組織がシリア側から攻撃を仕掛けた可能性が高いと報じられたが、イランが直接関与した証拠は今のところない。その意味では、イランは今も米軍との直接戦闘を望んでいない可能性は高いだろう。しかし、この出来事は、ガザでの紛争が(ペルシャ)湾岸地域にも波及しかねないという点で、極めて重大な事件である。
こうした事件が起きてしまった以上、米国は必ず報復措置をとるだろう。問題はそれに対するイランの反応である。筆者は今も、米・イランともに、両国間の直接戦闘を望んではいないと考える。しかし、親イラン武装勢力の動き次第では、偶発的または結果的に、イランの指導部が対米攻撃を選択する可能性はゼロでないだろう。
もう一つ、中東関係で気になることがあった。最近、あるユダヤ系米国人の友人から真顔で、「日本のパレスチナ報道は『反ユダヤ主義』的だと」指摘されたからだ。「ガザに関する日本での報道はイスラエルに厳しい」ので、日本のメディアは「反ユダヤ主義」だというのだ。おいおい、ちょっと待ってほしい。
「アンチセミティズム」の本質は日本では殆ど理解されていない。筆者に言わせれば、Anti-Semitismとは、同一の「絶対神」を信仰しながら、別の「預言者」と通じた契約を重視するユダヤ教とキリスト教・イスラム教との間の政治的確執である。
そうであれば、一神教の世界ではない日本にはそもそも「反ユダヤ主義」など存在しないではないか。日本の報道を「親パレスチナ」と批判するその友人には、「日本のパレスチナ報道は『反ユダヤ』ではなく、強いて言えば一種の『反戦』主義であり、ユダヤを敵視したものでは決してない」と説明したのだが、結局納得してもらえなかった。
ユダヤ系米国人に限らず、ユダヤ系の人々は、世界、特に欧米で今、「反ユダヤ主義」「反イスラエル感情」が吹き荒れていると見ている。日本はこうした「負の遺産」のない数少ない国の一つだが、だからこそ、紹介したような誤解を避けるためにも、日本発の「パレスチナ報道」には、欧米とは別の意味で、注意が必要だと考える。
続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
1月30日 火曜日
・アルゼンチン議会が大統領の包括経済法案について採決
・米中専門家、北京で麻薬問題について協議(31日まで)
・仏大統領、スウェーデン訪問
1月31日 水曜日
・国連安保理、イスラエルに関する国際司法裁判所の判断を審議
・ミャンマーの非常事態宣言期限
・ブラジル中銀、公定歩合を決定
2月2日 金曜日
・EU外相会議(3日まで)
2月4日 日曜日
・エルサルバドル、総選挙
最後は、いつものパレスチナ情勢だ。筆者の見る現時点での状況は次の通り。
●イスラエルは、仮に人質が全員帰ってこなくても、ハマス掃討作戦を止めない
●ハマスは最後まで人質全員を解放する気はないだろう
●米軍の親イラン・ミリシアに対する報復は限定的なものとなるだろうが、問題はイランがこれらのミリシアをコントロールする「気があるか」、または「能力があるか」である
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ヨルダンで無人機による攻撃で死亡した米兵の棺の搬送を敬礼で見守るバイデン米大統領(2024年2月2日 米デラウェア州・ドーバ空軍基地)出典:Photo by Kevin Dietsch/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。