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.国際  投稿日:2024/2/27

米大統領選、無党派層の投票行動はトランプ氏の裁判の行方次第


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#09 

 2024年2月26-3月3日 

【まとめ】

・複数の裁判結果が無党派層の投票行動を決める可能性が高い。

・トランプ再選とでもなれば、東欧の戦略地図は大きく変わる

・日本も、米国なしで力による地域の現状変更を阻止する努力を続けるしかない。

 

先週2月24日にウクライナ戦争 が3年目に入り、米国では共和党サウスカロライナ州予備選挙があった。まずはウクライナ戦争から。ゼレンスキー大統領は記者会見で、2022年2月以降ロシア軍との戦闘で「ウクライナ兵3万1000人が死亡した」と発表したそうだ。これをどう見るか?

米側報道では7万、ロシア側発表では15万、30万などといわれていたが、ウクライナ政府はこれまで自軍の被害を殆ど発表していなかった。その意味では、異例と言えば異例だが、ウクライナの全人口は4400万で、その多くが国外にいるとは言え、人口1.2億の日本ならば約10万人の死者ということ。決して小さい数字ではない。

衰えたとはいえ、一定の人口と領土を持つロシアが戦時経済に移行したのに対し、その半分以下、またはそれ以上に脆弱な国力しかないウクライナは、戦時経済など難しいだろう。このまま消耗戦が続いても、ウクライナの勝機は薄いし、更にトランプ再選とでもなれば、東欧の戦略地図は大きく変わるだろう。

次はサウスカロライナでの共和党予備選挙である。同州ではドナルド・トランプ氏が6割得票で勝利したが、唯一の対立候補ニッキー・ヘイリー氏も4割近い得票得て踏ん張っている。これをヘイリーの善戦と見るか、トランプの圧勝と見るか、は立場によって随分異なるだろう。

投票日前から専門家の間ではトランプ氏勝利が確実視されていた。ヘイリー元米国連大使の前職はサウスカロライナ州知事だから、彼女は「地元」州でも勝てなかったことになる。共和党の指名はトランプ氏でほぼ決まりと見る向きが多いのだが、この予備選ついてはワシントンの同僚の報告があるので、まずはご一読願いたい。

案の定、気の早い人たちは、「もしトラ」(もしトランプが再選されたら)とか、「ほぼトラ」(ほぼトランプ再選は決まった)などと言い出している。だが、「もしトラ」とは弱いバイデン候補以外に民主党の「有力候補がいない」ということ。「ほぼトラ」とは「共和党予備選に限れば」、トランプ候補勝利はほぼ間違いない、というだけの話である。

毎度のことだが、4年に一度、米大統領選挙の年になると、内外では「米大統領選マニア」がプロ、アマ入り乱れて様々な予測を始める。筆者はどうかというと、「競馬の予想屋」じゃあるまいし、無党派有権者が選挙を意識し始める9月第一週のレイバーデー週末での米国の経済情勢を見る。それまでは一切予想はしないつもりだ。

 では、その9月第一週までに一体何が起きるのか。残りの州での予備選挙日程は、2 月 27 日 ミシガン州、3 月 5 日 スーパーチューズデー(15 州)、12 日が ジョージア、ミシシッピ、ミズーリ、ワシントン各州、 19 日が アリゾナ、フロリダ、イリノイ、カンザス、オハイオ各州だから、3月中旬までには大勢が決まってしまいそうな勢いだ。

 この大きな流れを変える要素があるとすれば、それは現在トランプ氏が抱えている4つの民事・刑事裁判だろう。2月16日にニューヨーク州地裁が所有資産価値過大申告で約3.5億万ドル(約530億円)の罰金支払いを命じたが、3 月 25 日にはニューヨーク州の別の地裁でポルノスターに対する「口止め料事件」の初公判もある。

 CNNを見ていたが、今回トランプに投票した共和党員の中にも「裁判で有罪となれば投票態度を再考する」と答えた有権者が少なくなかった。当然、FOXニュースではこんな報道は流れないのだが、トランプ氏が抱える複数の裁判の行方が今年11月5日投票日の無党派層の投票行動を決める可能性は高いのではないか。

今年の共和党全国大会は7月中旬にミルウォーキーで、民主党全国大会は8月中旬にシカゴで開かれるが、今年の全国大会は、民主、共和両党とも、何が起きるか正直言って良く分からない。今回は、昔の伝統的な大統領選挙戦を知る者にとっては全く異例の、ほとんど予測不能な、新しい「政治プロセス」が動いていくかもしれない。

 万一、本当に「もしトラ」になってしまったら、世界は最低でも「大混乱」に陥るだろう。しかも、日本には「安倍晋三」という「じゃじゃ馬馴らし」はもういない。トランプ再選なら、インド太平洋地域の現状維持のための米国の協力も期待できない。日本は、米国なしでも、力による地域の現状変更を阻止する努力を続けるしかないのか。

続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

2月27日 火曜日 カタル首長が訪仏(28日まで)

BRICS財務相会合(ブラジル)

チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリー首脳会議(チェコ)

 イスラエルで地方選挙

2月28日 水曜日 米国務長官、メキシコ外相、グアテマラ外相と会談

 第46回カリブ諸国首脳会議開催(ガイアナ)

2月29日 木曜日 米国務長官、スウェーデン外相と会談

3月1日 金曜日 米大統領、イタリア首相と会談

 イラン、議会等選挙

3月2日 土曜日 カナダ首相、イタリア首相と会談

3月3日 日曜日 スイス、国民投票

3月4日 月曜日 豪首相、ASEAN首脳と会合

最後は、いつもの中東・パレスチナ情勢だ。

  • 幸い今も米・イランは相互抑止が効いている、これが長く続くことを祈ろう
  • 親イラン武装勢力のワイルドカードは「アンサールッルラー(フーシー)」だ
  • ラファでの本格戦闘はまだだが、その行方は人質解放交渉の結果次第だろう
  • ハマースが人道的見地から人質を解放することはないので、交渉は成功しない

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真)サウスカロライナ州コロンビアのステート・フェアグラウンドで壇上に立つヘンリー・マクマスター・サウスカロライナ州知事、共和党大統領候補ドナルド・トランプ氏、パメラ・エヴェット副知事 (2024年2月24日 アメリカ・サウスカロライナ州)出典)Win McNamee /Getty images

 




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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