地盤沈下するパレスチナ問題
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#24
2023年6月12-18日
【まとめ】
・パレスチナは2006年以降、大統領選挙、議会選挙が実施されない異常事態。
・UAE、バハレーン、モロッコ等がイスラエルとの関係正常化に踏み切った。
・イスラエルの変質とパレスチナの自己統治能力の欠如がもたらす弊害は大きい。
この原稿は12年振りに訪れたイスラエル・パレスチナからの帰国便の中で書いている。今回は振り返ってみれば3泊6日の強行軍で、再び自らの体力の限界を試す旅となったが、機内で良く寝られたせいか、体調は出発前より良くなったほどだ。まだまだ、脳みそはともかく、体力は大丈夫なのかもしれない。
それはさておき、まずは、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きから始めよう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを選んでご紹介している。欧米の国際問題専門家たちの今週の関心は以下のとおりだ。
6月13日火曜日 米大統領、NATO事務局長と会談
【本来は12日に予定されていた会談が13日になったらしい。理由はバイデン大統領が前日11日に小臼歯の痛みで治療を受け、12日も再治療となったかららしい。北大西洋条約機構(NATO)事務総長との会談よりも歯の治療が優先?本当か、ということで話題になった。政治家も80を過ぎるとあらゆる憶測が噂となって流布されるから怖い。】
・欧州議会がAI(人工知能)法案につき投票
【外電によれば、チャットGPT等生成人工知能(AI)の規制法が欧州議会の本会議で採決・成立するという。法案策定は2年前で、内容は「顔認識や生体認証監視、その他AIアプリケーションの使用に関する規則を盛り込み、AI技術を管理する世界初の包括的規制」になるらしい。「公共の場での顔認識や予測的取り締まりツールの使用を禁止し、オープンAIのチャットGPTのような生成AIアプリケーションに新たな透明性措置を課す」というが、中国はどうなるのだろう。】
・トランプ前大統領が連邦法容疑で起訴され、マイアミの法廷に出廷
【このところ米国メディアではこの話で持ち切りだが、トランプ派と反トランプ派で認識は全く逆である。これでトランプの支持率が更に上がる可能性もあるので要注目である。】
6月14日水曜日 レバノン議会が新大統領を選出
【7ヶ月前にアウン前大統領が退陣して以来、レバノンでは大統領が決まらない。議員による投票が11回行われたが、いずれも大統領選出に失敗してきた。今回はようやく候補者が決まったということか。報道では国際通貨基金(IMF)中東・中央アジア局長だそうだが、いずれにせよ、大統領に政治的実権はない。レバノンは永遠にレバノンなのか?】
・ロシアがサンクトペテルスブルグ国際経済フォーラムを主催(17日まで)
【ウクライナ戦争中のロシアで一体何を話すのだろう?公式サイトによれば、「同フォーラム(SPIEF)は、1997年の第1回会合以降経済・ビジネス界の主要イベントとなり、2006年から大統領の支援を受け大統領参加の下開催されて」おり、「ロシアや急速に発展をし続ける世界市場全体が直面する経済問題を議論し意見交換を行う場を世界のビジネスリーダーたちに提供して」きたのだそうだ。今年は第26回となるが、今時出席する欧米ビジネスマンがどれだけいるのか、見物である。】
6月15日木曜日 ギリシャで選挙戦始まり、各党党首が討論へ、日本でG7交通大臣会合開催
【5月21日のギリシャ総選挙で現職首相率いる中道右派与党・新民主主義党(ND)が勝利したものの単独過半数を獲得できなかったための再選挙であるが、5月の選挙ではインフレや野党党首に対する盗聴疑惑、同国史上最悪の列車衝突事故などが争点となった。ギリシャも相変わらずのようである。】
6月16日金曜日 アフリカの政治指導者がウクライナ大統領と会談
【この代表団は南アフリカなどアフリカ6カ国首脳からなり、ロシアとウクライナを訪問し、仲介外交に乗り出すことになったというが、あまり期待することはできないだろう。】
6月17日土曜日 インドでG20農業大臣会合
6月18日日曜日 ベルリンでBerlin kicks off the Special Olympics World Summer Games開催、マリで憲法に関する国民投票
【スペシャルオリンピックス世界大会は、IOC認定のスペシャルオリンピックス組織が主催する、知的障害のある参加者のための国際的なスポーツイベントであり、今年はドイツが主催する。大会には190の国と地域から約7千人の選手が参加し24競技を競うが、日本からは選手45人が競泳やテニスなど9つの競技に出場するという。がんばれ!】
今週のハイライトは筆者の勝手な選択でイスラエルとパレスチナ問題である。詳細は今週の産経新聞コラムをご一読願いたいが、簡単に言えば、過去12年間でイスラエルは大きく変貌し、一大ハイテク国家となったが、その裏でパレスチナは、2006年以降、大統領選挙、議会選挙が実施されていないという異常事態が、常態化している。
この間に、アラブ世界ではパレスチナ問題の優先度が低下し、UAE、バハレーン、モロッコ等が相次いでイスラエルとの関係正常化(アブラハム合意)に踏み切った。パレスチナ自治政府は何をしているのか、イスラエルの変質とパレスチナの自己統治能力の欠如がもたらす弊害は限りなく大きなものとなろう。
〇アジア
駐韓中国大使は韓国野党との会談で「アメリカが勝利し、中国が負けることに賭ける人たちは必ず後悔するだろう」と述べたのに対し、韓国外務省は「内政干渉に該当する可能性がある」などと抗議、更に中国外交部は韓国側に「深刻な懸念と不満を表明した」と発表、両国間で抗議の応酬が続いている。また始まったが、頑張れ、韓国!
〇欧州・ロシア
12日、米国務長官は、ウクライナの対ロシア反転攻勢について、「どこに向かっているのか正確に語るには時期尚早」だが、「ウクライナはロシアから領土を取り戻すことに成功し続けると米政府は確信している」と述べたそうだ。その通り、ウクライナの楽勝とは思っていないのは、正直なコメントだと思う。
〇中東
ベネズエラの反米左翼系大統領がイランを訪問、ライシ大統領と会談し、両国は投資拡大など25の協定に署名したという。イラン側は両国の貿易額を約30億ドルから100億〜200億ドルに引き上げるのが目標だと述べたそうだ。それにしても、南米の左翼が中東のイスラム主義者と連携するとは思わなかった。時代は変わったものだ。
〇南北アメリカ
トランプ前米大統領がジョージア州で演説、退任後の機密文書の取り扱いなどを巡り連邦犯罪で起訴されたことを「司法の茶番」と一蹴し、特別検察官の捜査は「私の支持率上昇を後押ししている」と述べ、自分に有利に働いたと述べたそうだ。うーーん、トランプは正しいかもしれない。これで倒れるようなトランプではなかろう。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:パレスチナのイスラム聖戦組織の兵士らが、過去5日間の戦闘でイスラエルに殺害された司令官や工作員を追悼する集会を開く(2023年5月19日 パレスチナ・ガザ地区)出典:Photo by Ramez Habboub ATPImages/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。