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.社会  投稿日:2026/8/30

水不足で混雑度を増すパナマ運河


執筆:福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)

 

本稿のポイント

・運河の渇水: スーパーエルニーニョの影響でガツン湖の水位が低下。9月3日より1日の通航隻数を削減(34隻、15日からは32隻)。

・優先通航権の高騰: 混雑回避のため通航権オークションが過熱。韓国SKガスが史上最高額となる約7.7億円で落札。

・公平性の課題: 渋滞解消ではなく、一部の船が順番を飛び越える「ファストパス」化しており、新パナマ運河条約の理念と整合性が問われている。

 

気候変動に伴う深刻な水不足により、世界の海上交通の要衝であるパナマ運河が未曾有の混乱に直面している。水源となるガツn湖の水位低下を受けて運河庁が通航制限を強める中、事前予約を得られない船舶による優先通航権の争奪戦は異常な過熱を見せ、1回のオークション落札額が7億円を超える事態にまで発展した。本稿では、気象変動がグローバル供給網に与える深刻な影響と、優先枠競売が投じる「公平性」をめぐる疑問について、元早稲田大学講師の福澤善文氏が詳細に解き明かす。

 

渇水で通航隻数を32隻まで削減

スーパーエルニーニョ現象により、パナマ運河周辺の降雨量が、例年に比べて激減している。パナマ運河は閘門式運河のため、船を移動させるために大量の淡水を使用する。その水源のガツン湖の水位が下がり続けている。そのため、積載量の制限(喫水制限)をすでに実施しているパナマ運河庁は、9月3日から1日あたりの通航隻数を通常の36~38隻から34隻へ、さらに9月15日には32隻へと引き下げる予定だ。

 

LPG船が530万ドルで通航権を落札

海運会社の間で、通航枠の獲得競争が激化している。このような中、パナマ運河庁が実施した同運河通航権のオークションで、韓国のSKガス社が手配した液化石油ガス(LPG)運搬船G. Spirit号は、9月1日の通航権を530万ドル(約7.7億円)で落札した。これにより、G. Spirit号は、9月1日に、混雑するパナマ運河を、優先的に通過できる。この巨額な落札額は、通常の通航料に合算されてパナマ運河庁へ支払われるものだ。

G. Spirit号はパナマ運河を太平洋側からメキシコ湾側へ抜けてアメリカのメキシコ湾沿岸の港へ空荷で向かい、そこでLPGを積み込み、アジアへ持ち帰るという船だ。今回、同号が通航権を獲得したのは、太平洋側からメキシコ湾側へ抜ける部分だ。

 

予約が取れないスポット取引の事情

2016年に完成した新閘門(ネオパナマックス)のおかげで、G. Spirit号のような超大型船がパナマ運河を通航できるようになった。通常時の1日あたりの通航隻数は10隻程度だ。小型、中型船が利用可能な旧閘門(パナマックス)の1日の通航隻数の26隻程度と比べると遥かに少ない。これが、9月3日から前者が9隻、後者が25隻へと絞られる。そのため、事前通航枠の獲得は更に難しくなる。増してや、予約なしで通過枠を求める船舶にとっては困難の極みだ。ここで、何故、予約なしで運河を目前に、通過枠を求める船舶が現れるのか説明しておこう。スポット取引によるLPGやLNG(液化天然ガス)などの運搬は、運河通過の数か月前といった事前予約は難しい。スポット取引では、指定された期日に遅れると多大な違約金を請求されるか、場合によっては契約解除もありうる。更に、エネルギー価格の価格変動リスクもある。そのため、タイミングが非常に重要だ。しかも、船舶には今後の運航スケジュールもあり、沖合でただひたすら待ち続けるわけにもいかない。事前の予約枠をとっていなかったG. Spirit号は、「巨額の落札価格を払うか、遠回り(スエズ運河や喜望峰回り)をして燃料費と日数を費やすか」を天秤にかけて、今回の巨額の支払いによる運河通過を選んだ訳だ。

日本船の場合、コンテナ船は年間スケジュールで動く場合が多く、今回のようなオークションに参加することは稀だが、LPG/LNGタンカーの場合は、今回の韓国船舶と同様、需要や市場価格に合わせて動くため事前予約が取りづらく、足止めを回避するためにオークションに参戦せざるを得ないケースが発生している。

2023年11月にENEOSグループのLPG運搬船が397万5,000ドル(当時の為替で約6億円)で優先権を落札した例がある。この落札額は、当時、オークション最高額の記録を更新したとしてBloombergも報じたほどだった。今回の韓国船の落札額はこれを大幅に上回ったことになる。

 

「ファストパス」は公平か

運河庁は、1日あたり数枠(3〜5枠程度)をオークション用としてあらかじめ確保し、事前予約無しの船舶のために、毎日数隻分の通過オークションを行っている。この通過予定日の2日〜4日前(48〜96時間前)に毎日実施されるオークションは運河庁のスケジュールに組み込まれており、今回のG. Spirit号はこのオークションに参加したものと思われる。

優先通航権のオークションは、パナマ運河庁にとっては、「渋滞を解消するための施策」ではなく、「渋滞が激しくなった結果、絶対に遅延できない船が順番を飛び越えるための特別券(ファストパス)」を与えるために行うものだ。

新パナマ運河条約(トリホス・カーター条約)ではすべての国の船舶を「公平かつ非差別的」に扱うことが定められている。事前予約なしの船舶について別枠を設け、そこからオークションで高値を付けた船舶に枠を与えることが公平なのか?更に、吊り上げられた落札価格で利するのはパナマ運河庁という構図に異論が出てもおかしくない。通航量が削減される9月3日以降、オークションによる通航枠獲得競争はさらに激化すると思われる。

 

【よくある質問(FAQ)】

Q1. パナマ運河の通航隻数はなぜ減るのですか。
A. スーパーエルニーニョ現象で運河周辺の降雨量が激減し、閘門で大量の淡水を使う運河の水源・ガツン湖の水位が下がり続けているためです。運河庁はすでに喫水制限を実施しており、9月3日から通常の36〜38隻を34隻へ、9月15日には32隻へ引き下げる予定です。

Q2. パナマックスとネオパナマックスの違いは何ですか。
A. ネオパナマックスは2016年完成の新閘門で、超大型船が通航できます。通常時の通航隻数は1日10隻程度と、小型・中型船が使う旧閘門(パナマックス)の26隻程度より遥かに少なく、9月3日からは9隻と25隻に絞られます。

Q3. 通航権のオークションとはどのような仕組みですか。
A. 運河庁が1日あたり3〜5枠程度を確保し、事前予約のない船舶のために毎日実施しているものです。通過予定日の2〜4日前に行われ、落札額は通常の通航料に合算して運河庁へ支払われます。

Q4. なぜ高額を払ってでも通航枠を求める船があるのですか。
A. LPGやLNGのスポット取引は数か月前の予約が難しく、期日に遅れれば多大な違約金や契約解除、価格変動のリスクがあるためです。G. Spirit号は巨額の落札価格と、スエズ運河や喜望峰回りの燃料費・日数を天秤にかけ、前者を選びました。

Q5. 日本の船舶もオークションに参加しているのですか。
A. 年間スケジュールで動くコンテナ船の参加は稀ですが、LPG/LNGタンカーは足止め回避のため参戦せざるを得ないケースがあります。2023年11月にはENEOSグループのLPG運搬船が397万5,000ドル(約6億円)で落札し、当時の最高額記録を更新しました。

 

トップ写真:パナマ運河に入る貨物船

出典:jmsilva/Getty Images




この記事を書いた人
福澤善文コンサルタント/元早稲田大学講師

1976 年 慶應義塾大学卒、MBA取得(米国コロンビア大学院)。日本興業銀行ではニューヨーク支店、プロジェクトエンジニアリング部、中南米駐在員事務所などを経て、米州開発銀行に出向。その後、日本興業銀行外国為替部参事や三井物産戦略研究所海外情報室長、ロッテホールディングス戦略開発部長、ロッテ免税店JAPAN取締役などを歴任。現在はコンサルタント/アナリストとして活躍中。


過去に東京都立短期大学講師、米国ボストン大学客員教授、早稲田大学政治経済学部講師なども務める。著書は『重要性を増すパナマ運河』、『エンロン問題とアメリカ経済』をはじめ英文著書『Japanese Peculiarity depicted in‘Lost in Translation’』、『Looking Ahead』など多数。

福澤善文

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