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.国際  投稿日:2026/10/5

《中国の反日教育の実態》その7 合理も合法もない攻撃


  執筆者:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授) 

 

「古森義久の内外透視」1107回 

 

【本稿のポイント】

  • 教科書の漢中門外「3000人余り」は、東京裁判での伍長徳証言(約2000人)が膨らんだ数字だと古森氏は指摘。
  • 教科書の幕府山「5万7千人余り」は、日本側記録で最大約1万4千人の4倍以上に当たると古森氏は述べる。
  • 日本は東京裁判・南京裁判で既に裁かれており、再糾弾は一事不再理に反する「ダブル・ジェパディ」だと古森氏は論じる。

 

ジャーナリストで麗澤大学特別教授の古森義久氏が、中国の中学生向け歴史教科書「中国歴史第4巻」にある南京事件の具体的記述を検証した。1937年12月の漢中門外、中山埠頭、幕府山の犠牲者数について、日本側の記録や東京裁判での証言と照らし合わせ、数字の膨らみを指摘する。あわせて、日本は戦後の裁判で既に裁かれており、中国側の再糾弾は一事不再理(ダブル・ジェパディ)に反すると論じる。

 

 前回で紹介した中国の中学生向け歴史教科書「中国歴史第4巻」の「南京大虐殺」の記述は次のようだった。

 「極東国際軍事裁判によれば、日本軍は南京占領後の6週間に武器を持たない中国国民30万人以上を虐殺した」

 いつまでも南京にこだわるのは日本側としても気が重いことである。だが中国側の歴史教育がくどいほどに南京を喧伝するのである。その実態を客観的に報告するとなると、どうしても南京、南京という状態になってしまうのだ。

◆教科書は漢中門外の「3000人」をどう記しているのか?

 さて「中国歴史第4巻」の南京部分で上記に紹介したのは文字数で135前後、南京関連記述の4分の1ほどである。残りの4分の3ほどは具体的な実例で「南京大虐殺」を説明しようという意図の記述となっている。

 「1937年12月15日、武器を捨てた中国側の軍隊と警察の3000人余りが日本軍に南京漢中門外に集められ、機銃の掃射を浴びた後、死者、負傷者もろとも焼かれてしまった」

 日本軍は南京陥落を12月13日として公式に発表していた。12月15日は当然ながらその2日後にあたる。漢中門外の事件については後の東京裁判で戦時に中国側の警官だったという伍長徳という人物が証言した。その趣旨は次のようだった。

 「日本軍将校が難民のなかから中国の軍人や警官だと断じた男子を多数、連れ去り、2000人ほどを漢中門外で射殺した」

 この2000人が3000人へと増えているのは、前述の東京裁判判決での犠牲者総数20万以上が30万以上とされたパターンと一致している。

◆中山埠頭と幕府山の犠牲者数は事実か?

 この中学生用の教科書の「南京大虐殺」の記述はさらに続く。

 「12月16日には中国難民5000人余りが南京中山埠頭に集められ、後ろ手に縛られた後、整列させられて、機関銃の掃射を浴びた。日本軍は死体を川に捨てた。このうち2人だけが逃げおおせた」

 「12月18日、日本軍は南京幕府山で中国の老若男女5万7千人余りを捕らえ、針金でじゅずつなぎにし、下関草鞋峡(そうあいきょう)まで追い立てて、機銃掃射を浴びせた。まだ息のある者は銃剣で突き刺し、日本軍は最後に死体を焼いた。わずか1人だけ難を逃れた」

 この後段の記述の幕府山というのは南京市の城壁の北数キロにある高台で、当時は中国国民党軍の砲台が築かれていた。日本軍が12月14日にはこの砲台を占領してしばらくすると、周辺から大量の中国軍将兵が投降してきた。その捕虜の数は日本側の記録や目撃談で1万4千人、あるいは8千人とされていた。この捕虜に一般の難民も加わり、女性も少数ながら含まれていたことも、日本側の記録でほぼ確認されている。

 だが日本軍はこれだけ多数の捕虜に食料を与えて養うことはできないと判断し、揚子江沿いの下関地区に連れていき、けっきょく殺してしまったようだ。この殺害の決定を証する日本側の資料も存在する。大量の虐殺とみなされても当然だろう。

 しかしその犠牲者の数は「幕府山」を舞台としてみるかぎり、日本側ではどれほど多くても1万4千人ほどとなる。ところが中国の政府の主張でも、中国の歴史教科書でも、その犠牲者数は5万7千とされるのだ。日本側の自認するよりも4倍以上の数字なのだ。一体、どこから出てきた数字なのか。その根拠はまったく不明のミステリーなのである。

◆日本は戦後どのように裁かれたのか?

 しかし1万4千人の殺戮でも大量虐殺は大量虐殺である。日本側はその非をみずから認め、勝者の裁きに服しているのだ。戦後の東京裁判では、日本の旧指導者の一部がA級戦犯とされ、7人が絞首刑に処された。他の18人も終身刑など厳しい判決を受けた。

 同時に中国、アメリカ、イギリスなど7ヵ国がアジアの約50ヵ所で日本人のB級、C級の戦犯6千人近くを裁き、約1千人を死刑に処した。他の3千500人に重刑を課している。中国が主宰した南京裁判だけでも2年にわたり、死刑8人、無期を含む懲役刑18人という厳罰を加えている。

◆一事不再理(ダブル・ジェパディ)とは何か?

 **法律の世界には一事不再理という大原則が存在する。**ある刑事事件について判決が確定した場合、同じ事件で再び起訴や裁判をすることができなくなる法律上の基本原則である。国際的に普遍の原則となっている。アメリカでは同じ事件を再度、追及することをダブル・ジェパディ(Double jeopardy)と呼ばれ、同じ案件を再度、蒸し返す不法な行動とみなされる。

 中華人民共和国、つまりいまの中国政府の日本の戦中の軍事行動への糾弾はまさに、このダブル・ジェパディなのである。さんざんに懲罰を下しておいて、それがまったくなかったかのようになお日本の戦時の行動を責める、しかも現代の日本、戦後の日本や日本人が戦時の残虐行為の当事者であるかのように扱う。その際の歴史の事実の認定はすべて中国側が一方的に決めつける。戦後の日本に対して中国側と同じ歴史認識を持てと命令するわけだ。

 中国側が日本に対して押しつける残虐行為なる行動の事実関係も、すべて中国側が主張する要素や枠組みだけなのだ。日本側はその非難が事実関係でも、論理面でも、いかにいい加減であっても反論は許されない。国家同士でも、国民同士でも一方だけが他方を永遠の罪人として扱うのであれば、**そこには合理性も合法性もないことは自明である。**中国側の永遠の反日は中国にとっても道義や倫理だという主張も理や法に欠ければ、客観性はなくなる。一国の内部だけでの主張として価値を持ち得ても、他国にとって、さらには国際社会という舞台では、無理難題となってしまう。

 中国の歴史教育での日本の扱いにはそんな基本的な欠陥が存在するのである。(つづく)

(その8につづく)

【よくある質問(FAQ)】

Q1. 東京裁判(極東国際軍事裁判)とは何ですか?
A. 連合国が日本の戦争指導者を裁いた国際軍事裁判です。外務省の説明では、A級戦犯として起訴された被告のうち7人が絞首刑、他の18人が有罪とされています。

Q2. 日本は東京裁判の判決をどう受け止めていますか?
A. 外務省は、日本はサンフランシスコ平和条約第11条により東京裁判の判決を受諾しており、裁判について異議を述べる立場にないとしています。

Q3. 日本政府は南京事件をどう説明していますか?
A. 外務省は、日本軍の南京入城後に非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できないと考えている一方、犠牲者の具体的な数には様々な議論があり、政府として確定的な数を断定するのは困難としています。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

 

出典:Imagno/Getty Images 




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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