沖縄県知事選:なぜ保守系が圧勝したのか
【本稿のポイント】
・「オール沖縄」陣営の自滅こそ、保守系候補の最大の勝因であった。
・6党に下地氏を加えた、自民党本部の票固め作戦が成功し、古謝候補を圧勝させた。
・元総務官僚である古謝新知事は、令和の「官選知事」になりかねない、と懸念する声がある。
9月13日に投開票された沖縄県知事選で、保守系の古謝候補が「ゼロ打ち」で大勝した。古謝票はデニー票の1.5倍を超え、「オール沖縄」の切り札、玉城デニー現職知事は「まさかの惨敗」を喫する。
古謝氏が9月30日に県知事に就任した直後の10月3日に、沖縄の女性が米海兵隊員に殺害され、10月4日に急遽記者会見が行われた。新知事は、米軍、米国大使、外務省、防衛省などに、厳しく抗議する旨述べたが、記者の質問に対し、一瞬笑顔を見せてしまう。
その動画が切り取られ、瞬く間にSNSを駆け巡る。10月5日には在沖縄米軍のトップ、米総領事を県庁に呼び、厳重な抗議を行ったが、手元の原稿を棒読みする様子がテレビ中継され、前途多難を思わせた。
古謝知事は、10月7日に急遽上京し、小泉防衛相、茂木外相に続き、高市首相とも面会して、事態の深刻さと米軍に実効性のある対策を講じるよう強く要請する。高市首相との会談後の記者団との質疑応答では、顔を上げ、落ち着いて対応したように見える。クールな人物との評はあるが、臨機応変に対処する能力と安定感を示すことができたのかもしれない。
今回の米兵の犯罪については、捜査中であり、詳細はまだわからない。そこで、この記事では、県知事選を振り返る。まず現職知事の敗因、保守系候補の勝因とその戦略の問題点、そして、新知事を待ち受ける課題を見ていく。なお、「基地問題」と安全保障の関係などについては、別途改めて考察したい。
<古謝氏が保守系候補として選ばれたプロセスに、一部の経済人や自民党員などから不満が出た>
本年3月初旬までは、現職知事、玉城デニー氏の3選が確実と見られた。過去数年間の各種選挙での「オール沖縄」の低迷や、陣営内の内紛など、不安要素は多かったが、「デニー人気」は健在で、対抗馬の古謝玄太候補の知名度が低かったからだ。
加えて、古謝氏を保守系候補として選ばれた経緯が、「初めから古謝ありき」の「出来レース」と評されるなど、沖縄県内の自民党員や経済界の一部に不満がくすぶっていたことも、玉城氏にはプラスであった。
保守陣営の中には、「誰が出てもデニー氏には勝てない。出馬したがっている若者を出せばよい」との、冷めた声すらあった。
古謝氏は、10月初旬現在42歳。総務省官僚ではあったが、復興庁の課長補佐で退職している(当時36歳)。沖縄県庁の課長~部長クラスの幹部職員約400名の大多数が50歳代であり、若い知事が幹部職員をどこまでグリップできるのか、疑問符がついていた。
また、選挙戦当初は、古謝氏の周りを、沖縄随一の進学校、昭和薬大付属高校の同級生や東大卒業生、海外留学組、スタートアップで成功した若い実業家などが固めていた。そのため、一般県民とは無縁の、エリート集団の色合いが強すぎるという問題もあった。
<辺野古事故で「オール沖縄」への逆風が吹き始める>
ところが、本年3月16日、修学旅行で辺野古を訪問中の高校生が、船の転覆事故で亡くなり、「オール沖縄」の運動のモラルが問われる事態になった。
事故を起こして生き残った船長は共産党員であるが、記者会見を一切行なわず、謝罪もしなかった。共産党がさせなかったのは明らかだ。デニー氏が、自身を支援する共産党をかばったことも、傷口をさらに広げてしまう。

写真:玉城デニー候補
出典:玉城デニー後援会facebook
玉城知事と「オール沖縄」は、辺野古事故でダメージを受けたが、知事選モードが強まるにつれて、「辺野古事故」関連の報道は少なくなり、選挙情勢は、依然としてデニー現職知事が優勢とされた。
だが、亡くなった高校生の遺族からの問題提起に、「オール沖縄」とデニー氏は真正面から対応しなかった。さらに、亡くなった高校生を引率した教諭の自殺(と見られる)なども重なり、この件は、陣営に暗い影を落とす。
実際に、NHKの出口調査は、投票の際に「事故」を考慮した人が61%、考慮しなかった人が39%とし、事故が投票行動に大きな影響を与えたことを示す。
<自民党の保守票固めは徹底したものだったが、地元への配慮はなかった>
自民党本部は、古謝氏が落選した2022年の参院選の結果を分析して、選挙戦略を立てる。
4年前の参院選で当選した「オール沖縄」候補と、自民党公認の古謝玄太候補との票差は、3,000弱。党幹部が注目したのは、参政党、NHK党、幸福実現党から出馬した候補者たちが、保守票を約39,000も奪ったことだ。そこで自民党本部は、徹底的に保守票を固める選挙戦略を立てた。
まず、維新の会に加えて、国民民主党、参政党、日本保守党を巻き込み、保守系をまとめる。公明党沖縄県本部の推薦もとりつける。さらに、約5万の支持者を抱える下地幹郎氏の出馬を断念させた。
下地氏の立候補撤回の交換条件は、自民への復党、参院選(2028年)選挙での、党公認で比例区立候補などと噂されたが、自民党沖縄県連への事前の根回しはなかったという。
沖縄には、「沖縄のことは沖縄が決める」という心情が強い。下地氏と激しく戦ってきた自民党員の間に、不満の声が上がったが、党幹部の剛腕に抑え込まれた。
公明党については、中道改革連合の分解と下地氏への嫌悪感を勘案しつつ、公明とパイプを持つ有力者の協力を得て、「反デニー」で大同団結することを了承させる。こうして、自民党本部は幅広い古謝支持の基盤を整えた。
だが、東京サイドが、沖縄の意向に構わず、腕力に物を言わせて進めた選挙態勢作りは、「本土中心」の政治に違和感を抱いてきた沖縄政界に、禍根を残す可能性がある。
<古謝陣営は経済に焦点を当て、SNSを動員して若い世代と女性に食い込む>
玉城デニー氏は、人気は抜群だが、政策面での実績は少なかった。特に、経済政策にはほとんど見るべきものはなかった。鉄軌道の早期導入、交通渋滞の解消などを公約に掲げたが、なぜ過去2期8年の間に着手できなかったのか、との批判を浴びる。
古謝陣営は、玉城現職知事の弱点を突き、経済に焦点を当て、「10年で所得倍増」を訴えた。この「公約」は非現実的と考える人は多い。だが、物価や地価の高騰に苦しむ県民の多くは、若い古謝候補の「大胆な姿勢」に期待を寄せる。
自民党が豊富な資金を投入した、SNSの活用は効果的だった。発信の強化だけでなく、デマや不利な情報の拡散への対策も整えた。一方のデニー陣営は、資金不足と人材不足により、フェイクを含む情報氾濫になす術がなかった。
古謝氏の官僚出身らしい平板な語りを、夫人と長女の感動的な演説と行動が補った。さらに、その動画がSNSで拡散され、玉城氏の岩盤支持層と言われた女性に食い込む。各社の出口調査によれば、古謝候補は、女性票の約5割~5割強を獲得したという。
「誰かのせいにしない」「沖縄を前へ」という、ポジティブな標語は、SNSに乗りやすく、若年層にエネルギーを与えた。各社の出口調査によれば、古謝候補は、新聞を読まず、テレビも見ない20歳代と30歳代で7割、40歳代と50歳代で6割の支持を得たという。
古謝氏に「元気な沖縄が見られるかも」と希望を託す高齢者も少なくなかったようだ。同候補は、60歳代でもデニー氏と同等かやや優勢、70歳代以上ですら、約4割が古謝氏に投票し、無党派層でも5割に迫る支持を得た。
<今回の選挙では、普天間の辺野古移設を「容認」する立場が多数派となった>
玉城陣営は、選挙の公示前の段階では、「辺野古」ではなく、県民の関心が強い「生活」へと、焦点を絞る戦術を描いていた。ところが、第一声で、デニー氏は「辺野古移設は絶対反対」を訴える。共産党から強い要求があったと言われる。
普天間飛行場の辺野古への移設に「絶対反対」を叫んでも、裁判は県の敗訴で決着しており、工事を止める手段はない。従来反対派であった県民にすら、「辺野古疲れ」が顕著だった。各社の出口調査でも、ついに、辺野古容認が反対を上回った。
「オール沖縄」は、「地元の民意」を根拠に辺野古反対をアピールしてきただけに、「辺野古反対」で多数の県民の支持を失ったことは、「オール沖縄」の「終焉」を印象づけた。
<「普天間返還」時期の明確化は、大規模開発とも連動するが、道筋は見えない>
古謝玄太氏は、選挙では、普天間飛行場の早期返還を実現するため、同飛行場の辺野古への移設容認を明言し、「返還時期の明確化」を強調した。
彼の「普天間」をめぐる主張は、那覇市から浦添市、宜野湾市にまたがる、大型開発計画「Gateway 2050 Projects」(GW2050)と連動する。

画像:GW2050イメージ図
提供:GW2050 PROJECTS推進協議会
この計画は、経済界が主導し、那覇市、浦添市、宜野湾市と連携して、中南部の西海岸を一体的に開発しようとするものだ。古謝知事は、県の参画を表明している。だが、那覇軍港、普天間飛行場、牧港補給地区などが返還されなければ、GW2050は実現不可能だ。
最大の難関は普天間基地の返還である。米海兵隊、米国防総省は、普天間に代わる長い滑走路を強く要求し、辺野古で建設中の普天間代替施設の滑走路は短すぎるとしている。そのため、同飛行場の返還は難航する可能性があり、開発計画は「絵にかいた餅」になりかねない。
この問題は、基地負担の軽減だけでなく、安全保障が関わる。沖縄は、東アジアの動向と無関係に発展することはできない。古謝玄太新知事は、選挙中、基地負担の軽減を主張してきたが、安全保障についての発言は少なかった。開発と安全保障のバランスに関する、彼の認識は不明だ。
仲井眞弘多県政時代に、知事公室内に「地域安全政策課」が設けられた。このセクションは、一線級の中国と東アジア安全保障の専門家たち(高原明生氏や道下徳成氏など)のアドバイスを受けながら、新たに採用された若手の研究者と県庁職員が連携して、情報を収集分析する場になった(その研究者の中には、今では沖縄の住民避難問題に最も精通すると言われる、中林啓修氏などが含まれる)。
故翁長雄志氏は知事就任後、「仲井眞憎し」によって、このセクションを解体したが、古謝新知事は、「地域安全政策課」を復活させるかどうか。彼の見識が試される。
<古謝新知事の中央政府との距離感の近さと、エリート的社会観を懸念する声もある>
沖縄は離島が多く、基地負担も過剰だ。貧富差も大きい。中央政府からの財政支援は必須である。一方で、豊かな文化をはぐくみ、独自の歴史を刻んできたプライドもある。保守県政であっても、中央政府とは緊張関係を保つ伝統があった。本土復帰後の沖縄史上初めての官僚出身知事、古謝玄太氏は、「中央政府」とどのような関係を築くのだろうか。
古謝候補が知事選で勝利した直後に、「振興予算」と称される沖縄関連予算を増額する案が自民党筋から示された。総務省出身の新知事を、同省が全面的にバックアップすることも予想される。
そのため、新知事が政府との良好な関係を最優先するのではないか、との見方がある。戦前、(どの地方もそうだったのだが)政府が任命した「官選知事」が沖縄を統治した。古謝知事が本土政府との太すぎるパイプによって、「令和の官選知事」になるのでは、と危惧する声が出ている。
古謝知事は、高学歴・富裕層・海外留学組などの若い世代と、社会観を共有しているように見える。政策集にも、MBA、DX化、AIの導入、アジア随一の国際リゾートアイランドなどが並ぶ。彼の発想の中に、アメリカ化を「良し」とする考え方がありそうだ。
だが、今、アメリカは、格差を異常に拡大させて、社会の分断と対立を生み出した。新知事はその状況をどのように把握しているのだろうか。今後、古謝県政が「沖縄らしさ」を実現できるのか。それとも中央政府やエリート層の代弁者になるのか。多くの県民は、新知事が打ち出す政策とビジョンに注目する。
トップ写真:古謝げんた氏
ⓒ古謝げんたHP
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この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト
1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。

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