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.国際  投稿日:2026/7/30

金正恩激怒、北朝鮮権力中枢に再び激震


執筆:朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

          2026年7月29日

                 

■本稿のポイント

・パク・ヒチョル少将の不正事件で極刑が執行されたとみられ、党組織部長の交代など権力中枢を揺るがす異例の人事刷新へ発展した。 

・組織指導部と軍総政治局で4年間も不正が隠蔽され、派閥を作って絶対的権威(唯一的領導)を侵した反逆行為が金正恩氏の激怒を招いた。 

・金正恩氏は個人の資質を責め厳罰化を図るが、真因は構造的貧困にあり、見せしめの粛清はかえって体制の土台を弱体化させている。 

 

北朝鮮の権力中枢で、張成沢事件以来となる深刻な激震が走っている。組織指導部と軍総政治局の足元で4年間も隠蔽されていた組織的腐敗が露呈し、金正恩総書記による異例の人事刷新へ発展した。なぜ幹部たちは派閥を形成し、独裁者の指示を無視できたのか。本稿では、パク・ヒチョル少将の不正事件を紐解き、金正恩氏が強調する「個人の資質」問題の背後に潜む、構造的貧困という真の病理を、朝鮮半島の専門家・朴斗鎮氏が徹底分析する。(Japan In-depth編集部)

          

北朝鮮の権力中枢は今、張成沢事件以来の激震に見舞われている。朝鮮労働党は第9期第2回総会(6月20-22日)の第4議題で、人民軍総政治局組織副局長のパク・ヒチョル少将を不正腐敗容疑で法機関に送致し、7月9日の9期1回党中央軍事委員会拡大会議を経た10日の党・政・軍の連合会議で、この事件を「特大型不正腐敗行為事件」と規定しその内容と罪名を明らかにした。

 

量刑は下されたが、いかなる刑かは明らかにされなかった。しかし金正恩結語で想像を絶する特大型犯罪と定義づけ、革命の発展に無益有害な不正腐敗とその汚染分子が隠れていられる所はどこにもないとしたことから即刻極刑が執行されたと見られる。

 

この事件が明らかにされることによって、数ヶ月前の党9回大会で登用され常任委員で党書記兼組織部長であった金才龍(キム・ジェリョン)が解任された。そして最高人民会議常任委員長に転出させていた趙甬元(チョ・ヨンウォン)を呼び戻して再び党組織書記兼部長に据えた

 

このような人事は、これまで北朝鮮では一度も見られなかった異例中の異例人事であるが、今回のパク・ヒチョル事件が、いかに深刻な事件であったかを証明するものだ。ある意味で、権力中枢を揺るがせた「張成沢事件(2013年)に匹敵する事件であると言える。

 

◆金正恩がパク・ヒチョル事件に驚愕・激怒した理由

 

今回の事件で金正恩総書記がどれほど驚愕したかは、北朝鮮初の「党・政・軍の連合会議」を開いたことや、党、政府、軍の主要幹部を一同に集めて、見せしめの「公開的人民裁判」を行ったことからも十分に推察される。

 

金正恩が驚愕したのはまず、自身を支える根幹である組織指導部と軍の足元で繰り広げられた組織的不正腐敗行為に4年間も気づかなかったことだ。

 

韓国統一部が7月9日に公開した資料によると、金正恩は、今年の上半期だけで92回もの公開活動を行ったという。軍事分野は40回に上り、政権獲得後の上半期回数で最多を記録した。しかし、金正恩が走り回っている間、その足元では深刻な不正腐敗行為が4年間も続いていたのだ。金正恩がショックを受けたのは当然だろう。

 

だがそれだけではない。金正恩が最も驚愕したのは、その不正腐敗犯罪行為が、権力中枢である組織指導部直轄の軍総政治局で、それも派閥を形成して行われていた点だ。

 

党・政・軍連合会議は、今回の事件を特大型不正腐敗行為事件と規定し、その罪状を明らかにしたが、その罪状の中で最も注目すべきはあらゆる権柄と専横を極め、自分に対する特別な幻想を振りまき、周囲に集まる貪欲と職位欲の強い不健全な連中から多くの賄賂を受け取って詐取した」「自分の腹心と追従者を重要職制に配置したとのくだりである。今回の事件がパク・ヒチョルの個別的不正腐敗犯罪ではなく、彼が周りに幻想を振りまき、派閥を形成して働いた犯罪だということだ。

 

これは、北朝鮮首領独裁の根幹である唯一的領導(金正恩だけを絶対化し崇拝する)を公然と踏みにじった行為だ。一言で言えば、徒党を組んで金正恩の指示を「無視」したということだ。北朝鮮でその行為は「反逆行為」となる。

 

さらに深刻なのは、組織指導部中枢幹部の関与なくしては、こうした組織的犯罪は不可能だということだ。組織指導部の徹底した監視下にある軍総政治局で、組織指導部を遮断して派閥を作り、4年間の長きにわたって不正腐敗行為を続けることは不可能と言える。

 

今回の事件で金正恩が驚天動地し激怒したのは無理からぬことである。

 

◆的はずれな金正恩の教訓と対策

 

金正恩は結語で、事件の本質を与えられた権限を私利私欲の武器に盗用し、不正腐敗の主謀者として登場したところに事件の本質があると個人の資質に求めたが、的外れも甚だしいといえる。

 

事件の本質は、金正恩が国を鎖国状態に作り上げ、自身の権力維持のために核ミサイル開発に熱中し、北朝鮮の貧困を放置しているところにある。貧困は、北朝鮮社会の隅々まで賄賂と不正をはびこらせた。それはいま北朝鮮社会の生存様式となっている。叩いても叩いても次々と不正腐敗事件が起こるのは、金正恩の政治が生み出した結果である。

 

金正恩は事件の教訓として、「幹部が不正腐敗に侵されず、党の原則を曲げないよう教育と統制を絶えず深化させないなら、腐敗行為を防げないということが今回の事件が与える教訓である」とし、今後の対策については「幹部陣容の精鋭化のための組織的・思想的攻勢、不正腐敗を根絶するための法的闘争の度合いを絶えず強めること」とした。

 

だが、貧困をなくさない限り、いくら罰則を強化し、見せしめの処刑を拡大してもボケたネジを締めるようなものだ。いくら締め付けても締まらない。

 

今後北朝鮮では、またもや血の雨が降り多くの関係者家族が強制収容所に送られるだろう金正恩の統治手法である「見せしめの幹部粛清」は、政治犯家族を増やし北朝鮮住民の「出身成分悪化」を促進している。金正恩の「幹部粛清のモグラたたきショー」は、体制の土台を強化するどころかむしろ確実に弱体化させている。

 

■よくある質問(FAQ)

Q1. 張成沢(チャン・ソンテク)事件とはどのような事件か?
A. 2013年、金正恩総書記の叔父であり「権力ナンバー2」とされた張成沢氏が、国家転覆未遂や派閥形成などの罪で電撃的に処刑された事件である。金正恩体制下で最も凄惨かつ大規模な権力粛清劇として知られており、今回の事件もそれに匹敵する規模のショックを権力中枢に与えたことを示している。

Q2. 「組織指導部」と「軍総政治局」はどのような役割を持つ機関か?
A.
「組織指導部」は党・政府・軍のすべての幹部人事と思想監視を統括する、北朝鮮で最も絶大な権力を持つ党内部署である。一方、「軍総政治局」は軍の内部で党の指導を徹底させ、軍幹部の思想監視を行う機関である。どちらも体制の足元を監視する要であるため、ここで長年腐敗が隠蔽されていたことが金正恩氏に大きな衝撃を与えた。

Q3. 唯一的領導とは何か?
A.
最高指導者(金正恩氏)の指示や思想だけに絶対的に服従し、国家や軍を一体となって動かす北朝鮮独自の絶対的な指導体系のことである。指導者以外の人物を中心にグループを作る「派閥形成」や指示の無視は、この体系を根本から揺るがす最大級の反逆行為とみなされる。

Q4. 出身成分とは何か?
A.
北朝鮮における身分階層制度のことである。本人や親族の家柄、体制への忠誠度などによって国民が分類され、進学、就職、居住地などの待遇が大きく左右される。身内から粛清者や政治犯が出ると「出身成分が悪化」し、その家族や一族全体が過酷な差別や強制収容所送りの対象となる。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部) 

 

■シリーズ紹介・バックナンバー

 

本連載は、朝鮮半島の政治・外交・安全保障を専門とするコリア国際研究所所長・朴斗鎮によるコラムです。北朝鮮の内部構造や権力体制の変遷を独自の視点で読み解くことで、日本のメディアでは見えにくい朝鮮半島の実像に迫ります。

 

▶︎[朴斗鎮氏による記事バックナンバーはこちら

 

トップ写真)ロシア大統領プーチンの北朝鮮訪問

出典)Photo by Contributor/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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