無料会員募集中
.政治  投稿日:2026/10/8

『高市外交の一年を診る』その1 日中関係での「真実の時」


執筆者:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」1109回

【本稿のポイント】

・高市首相の就任直後の国会答弁(台湾有事は「国家存立の危機事態」になりうるとの趣旨)に対し、中国側は大阪総領事の「その汚い首を斬ってやる」という暴言を皮切りに、観光抑制やレアアース輸出制限などの対抗措置で激しく反発した。

・日中関係の急激な悪化は高市首相の発言が原因ではなく、中国側が従来から抱いていた対日敵視の本音を露呈させたにすぎない。

・日中国交樹立から54年を経て、双方が本音の敵性部分を糊塗せず露わにした点で、日中関係は初めて「真実の時」を迎えた。       

高市早苗氏の総理就任からおよそ1年が過ぎた。昨年10月21日に正式に誕生した日本政治史でも初の女性宰相の足跡をひとまず総点検するには好機だろう。といっても就任直後の1年というのは中・長期政権の場合、まだまだスタート点であり、その統治の初期の評価ということともなろう。

この点は政治の世界は一寸先でも闇だとはいえ、高市政権は基本的にはまだ安定している。だからこの時点での評価も、わずか1年だけ、ということで、木をみて、森をみず、の拙速な作業にならないことを留意しておきたい。

さて高市政権の発足から1年、その成果と今後の課題というテーマの考察はきわめて多様で多岐にわたる。ここでは高市政権の対外関係に焦点をしぼることとする。なぜなら私自身がアメリカの首都ワシントンを主拠点とする国際情勢の報道を日ごろの主任務としているからである。つまり国際情勢の中での高市政権のここ1年ほどの前進や停滞をどうみるか、日本側からの視点とすれば、ここ1年ほどの高市政権下での日本の外交はどうなってきたか、への俯瞰ということにもなる。

この高市外交の考察は構造面で3の大きな分野に分けて、進めることとしたい。

まず第1は日本に国難とも呼べる危機を突きつける中国との関係である。

第2には日本の国家の安全保障の最大支柱となるアメリカとの関係である。

そして第3には日本自身が外交面で構造的にこの1年ほど、どんな変革を進めてきたか、の検証である。

ではまず第1に中国との関係から報告しよう。

簡単な結論を先に述べるならば、この1年ほどの間に表面にみえる日中関係は劇的に変わった。対立が顕著となり、国と国との関係は険悪となった。

周知のように、その始まりは就任後間近の高市首相自身の国会での言明に対する中国側の激しい反発だった。高市発言は台湾有事が日本にとって平和安全法制の「国家存立の危機事態」になりうる、という趣旨だった。日ごろ中国に対しては融和的な態度をとる立憲民主党の岡田克也議員の誘導に近い質問に答えての首相の答弁だった。

日本の歴代政権のそれまでの政策からみれば、この高市発言は当然の言明だった。中国が台湾への武力攻撃をかければ、米軍の出動の有無にかかわらず、日本にとっては国家の存立にかかわる危険な状況が生まれることになる。その基本の簡明な表明だった。

その後の日中関係の急激な悪化を高市首相のこの発言が原因だったとする主張には根拠がない。悪化をもたらしたのはひとえに中国側の過激な反発の言動だったからだ。

中国政府はこの日本側の年来の政策の明確な表明に対して、「一つの中国」の大原則に違反する不穏で不当な発言だとして糾弾した。中国側はまず大阪駐在の総領事が高市首相を非難して、「その汚い首を斬ってやる」という暴言を発した。

その直後から中国は日本への悪口雑言を洪水のようにぶつけてきた。日本は新型軍国主義だとか、中国を侵略するとか、さらに中国人の日本への観光訪問を抑え、レアアースなどの戦略関連物資の対日輸出を制限するとも宣言した。高市首相に対して、その発言を撤回せよという要求まで突きつけてきた。

こうした表面の動きをみれば、日中関係が突然、悪化したという印象も生まれるだろう。とくに中国側がここへきて唐突に日本に対する政策を厳しい方向へと変えた、と受け取る向きも多いだろう。

だがこの認識は正確ではない。中国共産党政権の対日政策は決してこの時点で変わったわけではないのだ。中国の歴代政権は本来、日本の国家や国民のあり方の根幹を否定する敵性の強い対日政策を抱いてきたのだ。だがその実態をあからさまにさらすことは少なかった。しかしここにきてその敵性をむき出しにしたのだ。

中国にこうした本音を露呈させたのは高市政権の功績だといえよう。日本側も高市政権の下で中国のこの敵性露呈に対し、自国の国益を守る毅然たる態度を官民でみせたといえる。日中関係は1972年の国交樹立以来、54年にして初めて「真実の時」を迎えたともいえる。

これまでは日中双方ともに、本音の敵性部分を隠し、あるいは薄ボケにして戦略的互恵などという響きはよくても意味の不明な言葉で糊塗してきたといえる。ただし敵性といっても本来、戦後の日本には中国を敵視する要素はなかった。だが現段階では中国側の日本の敵視を知ることで、日本側も強固な姿勢を保たねば自国の基本的な国益が損なわれるという自覚があるか否かがカギとなったのである。

私は過去30年ほど北京、東京、ワシントンの3拠点で中国の対日政策の光と影を考察してきた。その考察では日本側で中国と深くかかわる人たちほど、中国の反日敵性についての明言を避けてきた。だがその敵性がいまや日本国民の目前にはっきりとした姿を表したのだ。日本側が官民ともにその現実を認識するようになった。この変化は日本の対外姿勢という点からみれば、健全きわまる現象である。
(つづく)

#この記事は日本戦略研究フォーラムの2026年10月発行の季報に掲載された古森義久氏の論文の転載です。

(本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部)

写真:ノーベル化学賞受賞の東京理科大学硤合名誉教授にお祝いの電話をかける高市首相 2026年10月7日

ⓒ首相官邸




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."