[安倍宏行] 【渡辺謙ブロードウェー初舞台を観て思うこと】~人は進化し続ける~
安倍宏行(Japan In-depth編集長/ジャーナリスト)
「編集長の眼」
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しかも公演場所は権威あるリンカーンセンター。会場は満員御礼、チケットが取れたのが奇跡だ。実は本公演は4月16日から。3月12日からプレビュー公演が始まっているのを知らないこちらの日本人も多かった。実際来ている観客はほとんどがアメリカ人で日本人はちらほらだった。
英語のセリフはどうなんだろう、ダンスは大丈夫か?そもそも彼の演技がアメリカでどこまで通用するだろうか?ドキドキしながら開幕を待った。しかし、そんな心配は杞憂に終わった。堂々とした演技、よどみない英語のセリフ、鍛え上げられた肉体(シャムの王様の役だから服の前ははだけており、大胸筋と腹筋は丸見えなのだ)を駆使し、大きな演技、よく通る声で観客を圧倒した。国王とイギリス人英語家庭教師との心の交流も繊細に演じきった。
圧巻だったのは第2幕で二人が“Shall We Dance?”の音楽に合わせ、ワルツを踊るシーンだ。所狭しとステージを猛スピードで回転し続ける二人のダンスは、想像もできないほどの稽古量の賜物だろう。時差で寝ぼけた眼が釘づけになった瞬間だった。最後は観客全員がスタンディング・オベーション、指笛が響き渡るほどの興奮が会場を支配した。
ハリウッド映画俳優として地歩を固めてきた渡辺だが、ここブロードウェーでの知名度はどうなのか?そして演技の評価は?芝居が跳ねた後、観客に聞いてみた。年配の夫婦(NY在住)は、「ワタナベ?知らないな。ハリウッドスター?どんな映画に出ているんだい?彼の演技は大きかったね。(王様の)人間性を独自に解釈して演じきったのが良かった。」と評した。また、同じくNY近郊在住の若い三人組は「ケン・ワタナベは知ってるわ。映画(1956年デボラ・カー、ユル・ブリンナー主演)よりも良かった。」とおおむね好評であった。
ただ、一緒に芝居を見たNY在住の友人は、この現代において、典型的な“West Meets Eastのストーリーと、(東洋の)男性をマッチョに描くステレオタイプな西洋の演劇に眉をしかめつつも、「ケン・ワタナベは王様の人間としての弱さをうまく表現していたと思う。」と評価した。
齢50半ばにして演劇の最高峰、ブロードウェーに挑む日本人俳優がいることを誇らしく思うと共に、いくら彼が舞台出身とはいえ、英語のセリフ、レベルの高さを要求されるダンスなど、その努力は並大抵ではないだろう。人間、いくつになっても挑戦できる。そして挑戦することによってより高いステージに進むことが出来る。それを体現している日本人がいるということにひたすら感動しつつ、NYを後にした。