冬だけじゃない!通年リゾートに向けニセコの夏がパワーアップ

安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・夏のニセコには避暑地として秘めたるポテンシャルがあり、バブル崩壊の前兆という感じはなし。
・避暑地としての知名度アップと新千歳空港からのアクセス改善が課題。
・インバウンドへの夏のニセコのPRと周辺観光地との連携も重要。
JPOW(ジャパウ:日本のパウダースノー)でその名を世界に轟かせるスキーリゾート、ニセコ。冬は何度も訪れたが、今回、夏のニセコに初めて訪れた。なぜわざわざ雪のないニセコを訪れたのかというと・・・
■ ニセコバブルの崩壊?
そのわけは、「北海道ニセコで最大級のリゾート開発を手掛けた中国系企業が経営破綻した」という記事を読んだからだ。
その中国系企業が開発していたのは、北海道の羊蹄山とニセコアンヌプリの山間にある緑豊かな森林内に位置する高級リゾート「ニュー ワールド ラ プルーム ニセコ リゾート」。約3万6400平方メートルにも及ぶ敷地に地上9階、地下2階建てで、200室を超えるコンドミニアムに数棟の高級ヴィラ、温泉やプール、フィットネスクラブを備え、2021年に着工し今年完成予定だった。しかし、去年の夏から工事は止まったまま。同企業は今年4月に破産手続きに入った。外国資本がもたらすリスクが表面化したことで、地元では「ニセコバブル崩壊の前兆か」との懸念が広がっているとの報道も出た。このリゾート開発が今後どうなるかはまだ決まっておらず、事業を継承してくれる企業が現れることを期待するしかない状況だ。
ニセコバブルは本当に崩壊しようとしているのか?実際に現地に行って関係者に聞いてみた。

▲写真 「ニュー ワールド ラ プルーム ニセコ リゾート(New World La Plume Niseko Resort)」完成イメージ図 出典:Rosewood Hotel Group
■ 夏のニセコ
話題に事欠かないニセコだが、やはり冬のリゾートというイメージが強い。実際私も冬のニセコしか訪れたことがなかった。これまで雪がないニセコをイメージできなかった。夏は一体どうなのか?さぞかし閑古鳥が鳴いているだろうと思って訪れた。しかし、今回意外な光景を目にした。
読者のみなさんは、以前報じた東急不動産グループの100億円規模の投資を覚えておられるだろうか?
東急不動産株式会社、ニセコ東急リゾート株式会社)、東急リゾーツ&ステイ株式会社は、「Value up NISEKO 2030」プロジェクト第5弾の取り組みとして、ニセコ東急 グラン・ヒラフのおける新「エースゴンドラ」の運行開始を皮切りに100億円超規模で投資すると去年12月発表していた。その時のリポートはこちら。(「持続可能なスキーリゾートへ:ニセコ東急 グラン・ヒラフ「エースゴンドラ」などに100億円超投資」2024年12月3日)
今回その進捗を見ることが出来た。
東急不動産がニセコエリアの国際的マウンテンリゾートとしての価値を年間を通じて高めるため、総額100億円超を投じた「Value up NISEKO 2030」プロジェクト。このプロジェクトは、冬季のスキーリゾートとしての魅力強化だけでなく、夏のグリーンシーズン向けのアクティビティを強化している。聞くと見るとは大違い。その中身は以下の通りだ。
■ グリーンシーズン向けのアクティビティ強化
●サマーゴンドラ: 夏のニセコの大パノラマを楽しめるよう、サマーゴンドラが運行された。山頂からは蝦夷富士との愛称を持ち、日本百名山にも選ばれている羊蹄山をはじめとする雄大な景色が一望できる。雪に覆われている要諦山と違い、夏の要諦山は青空に映え、全く違う景色として、見る人に感動を与えてくれる。(8月31日まで)
●マウンテンカートとマウンテンバイク: ゲレンデの地形を活用し、北海道初となる「マウンテンカート」が導入された。ヨーロッパで人気のスポーツとのことだが、今回は雨で試乗できなかったのが残念。また、「マウンテンバイクパーク」も整備されており、冬のスキーとはまた違った楽しみ方が出来る。どちらも9月29日まで営業している
●イベント: ひらふ第一駐車場の横にある公園を会場に期間限定で「NISEKO HIRAFU GREEN PARK」を開催した。美しい星空の下で映画を見たり、音楽を聞いたり、家族で楽しめる。カフェバーやジンギスカン(予約制)、キッチンカーやマルシェも。地域の食も万全だ。スケートボードを楽しめるコースもある。(8月31日まで)
●サバス:キングゴンドラ駐車場にバスを移動型サウナに改造した「サバス」が期間限定で登場。中をのぞくと本格的な設備にびっくり!外に水風呂まで用意するという周到さだ。こうした機動的なサービスの企画は観光客を呼び込むのに効果がありそうで、予約が殺到しそうだ。(8月31日まで)

▲写真 サバスの外観

▲写真 サバス内部
■ リゾートホテル綾(AYA NISEKO)の夏季キャンペーン
冬場は超満員、宿泊料金も青天井のニセコ地区の高級ホテルやコンドミニアムだが、グリーンシーズンはどうなっているのだろうか?
今回訪れたニセコひらふスキー場に隣接する「リゾートホテル綾(AYA NISEKO)」も、夏のニセコを楽しんでもらうためのキャンペーンを実施していた。宿泊料金の特別割引や、ラフティングやサイクリングなどのアウトドアアクティビティと連携したプラン、宿泊者限定の特典(ウェルカムドリンクや施設利用券など)が含まれる。何より冬場に比べ約10分の1にまで下がる宿泊料金は魅力だ。東京周辺の混雑している避暑地より、雄大でまだ観光客が少ないこのニセコで長期滞在してみたい、と思った。
年間を通して国内外の観光客を惹きつける「オールシーズン型」リゾートを目指す宿泊施設側の姿勢を実感した。

▲写真 リゾートホテル綾(AYA NISEKO)外観

▲写真 リゾートホテル綾(AYA NISEKO)部屋の内部

▲写真 リゾートホテル綾(AYA NISEKO)露天風呂、羊蹄山を臨む ⒸJapan In-depth編集部
■ 倶知安町観光協会の取り組み
なぜここまでニセコ地区は夏の集客に取り組むのか。
そのわけは、地元の倶知安観光協会が示すデータを見ると一目瞭然だ。まず、グリーンシーズン(5月〜10月)に訪れる観光客は約20万人、ta対してウィンターシーズン(12月〜4月)は約69万人。約3倍もの開きがある。そして外国人観光客数。グリーンシーズンは約6.5万人なのが、ウィンターシーズンには約57万人、と約9倍に膨れ上がる。外国人観光客比率は、グリーンシーズンが約34%なのに対し、ウィンターシーズンは約83%にも上昇する。この極端な繁閑差の解消が同地区の悲願と言ってもいい状況だ。

▲図 ニセコ地区 夏と冬の繁閑差 出典:一般社団法人倶知安観光協会
そして実際夏にニセコを訪れると過ごしやすい気候に気づく。聞けば平均気温は24度、緑が多く、なんと言っても要諦山が目の前にそびえる景色は圧巻だ。
そして前述したリーズナブルな宿泊料金。家族や仲間、人数がそろえば、ウィンターシーズンの10分の1の料金でゴージャスなリゾートホテルに滞在できる。本州の避暑地のように混雑もなく、ゆったりと過ごせる。新千歳空港から車で2時間半から3時間、というのも便利だ。雪がないのですいすいとドライブできる。
■ グリーンシーズンの課題
グリーンシーズンにニセコのポテンシャルがあることはわかったが、課題がいくつかある。ひとつはグリーンシーズンのニセコへの足の問題。現状、新千歳空港から倶知安地区までバスの運行がない。鶏とタマゴではあるが、今後グリーンシーズンにおける観光客が増加すればバス会社も定期運航を考えるだろう。
また、地域住民との共生も引き続き課題だ。すでに倶知安町の人口の1割は外国人となっている。
こうしたなか、倶知安観光協会(以下、協会)は、住民を対象にさまざまな施策を企画・実施している。
そのひとつが、リゾート先進地ハワイで既に導入されている「住民優待(カマアイナ割引)」をモデルにした「Kutchan ID+」だ。2024年11月に導入した。スマートフォンのアプリで町民証明を示せば、飲食をはじめとした町内約40の加盟店を優待価格で利用できる。割引額は店側が季節によって変更できる。物価・人件費高騰等による価格転嫁を促すとともに、町民には割引を適用して暮らしを守る施策だ。この取り組みは全国初だという。
また、地元住民が ニセコエリアの飲食店を気軽に楽しめるイベント「Kutchan Magical Dining」も開催した。アメリカ合衆国フロリダ州オーランドのDMOが開催する「Visit Orlando’s Magical Dining」からヒントを得たもので、住民への還元、閑散期の集客、新メニュー検討(スタッフトレーニング)の3つを事業目的として掲げる。5つ星ホテルの「パークハイアットニセコHANAZONO」や、2024年冬に新規開業した「ニッコースタイルニセコ HANAZONO」等を含む町内の27店舗を加盟店とし、900枚限定でチケットを販売した。普段はなかなか行くことのできないリゾートエリアのレストラン・カフェなどを気軽に楽しむことができる倶知安町民限定のイベントだ。今回、町内のレストランで使用できる町民限定の10,000円分の飲食券「Magicalチケット」を半額の5,000円で合計900枚販売した。(チケット販売期間:2025年3月26日(水)〜4月30日(水)、チケット利用可能期間:2025年3月26日(水)〜5月31日(土)まで)協会がDMO(観光地域づくり法人)として目指す「住んで良し、訪れて良し」の具現化に向けた施策として実施した。地元住民にも飲食店にも好評だったという。
こうした取り組みがつぎつぎ実行されているのはなぜなのかと思ったら、2021年倶知安観光協会事務局長に就いた鈴木紀彦氏は、2012 年から2021年までJTBハワイでデスティネーションマネージメント事業、Honolulu Festival 財団でハワイ州観光局とのイベント連携、MICE などの事業に従事していた人物だった。ハワイで長年地元とツーリストとの共生に取り組んできた。そのノウハウを惜しみなくニセコに投入しているのだ。

▲写真 倶知安観光協会事務局長鈴木紀彦氏
今後の課題はこうした取り組みをいかに持続可能な物にしていくか、だ。当然ながら国の補助金頼みでは限界がある。財源が必要となってくる。今後の頼みの綱は「宿泊税」だ、と鈴木氏は明言する。
■ 宿泊税
宿泊税とは、ホテルや旅館、民泊などの宿泊施設に宿泊する際に課される地方税の一種で、観光振興や地域インフラ整備の財源を目的に導入されている。日本では、特定の自治体(都道府県や市区町村)が条例に基づいて課税し、宿泊者から徴収する。現時点では定額制がほとんどだ。
こうしたなか、倶知安町では、2019年11月に日本で初めて「定率制」を思い切って導入した。ニセコの高額宿泊需要に対し、1泊あたり宿泊料金の2%を課税して収入最大化を狙ったものだ。定率制は宿泊料金に比例して税額が増えるため、高級ホテルやリゾート地での徴収額が大きい。1泊5万円なら1000円、10万円なら2000円となり、一般的な定額制より高収益だ。倶知安町の実績を見て、今後他の自治体も追随するものと思われる。

▲図 国内の主な観光財源導入地域の例 出典:倶知安観光協会
■ 夏のニセコを訪れて
今回の取材を通し、冬のニセコに比べ、夏のニセコが持つ秘めたるポテンシャルの大きさを感じた。デベロッパーや地元の取り組みを見ても、「ニセコバブル」が後退したという印象は受けなかった。一方、避暑地としてのポテンシャルは実感できたものの、グリーンシーズンのニセコの知名度は依然として冬のそれには及ばない。新千歳空港からの交通アクセス、特に定期運航便の確保は喫緊の課題だが、夏の観光需要が高まれば、その実現も現実的になるだろう。
また、ニセコ単独での誘致だけでなく、周辺の観光地との連携を強化することで、北海道全体の観光資源としての価値を高めることができるはずだ。そして何よりも、インバウンド市場に対し、冬のパウダースノーだけでなく、夏の涼しさや豊かな自然、多彩なアクティビティといった魅力を積極的にPRしていくことが不可欠となる。
ニセコが真の意味でオールシーズンリゾートとして確立するためには、これらの課題に継続的に、そして戦略的に取り組む必要があると強く感じた。
写真はすべてⒸJapan In-depth編集部(取材は2025年7月中旬)
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。












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