【米・ボルティモア暴動を読み解く 1】~息子を平手打ちした母心の背景とは~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
米メリーランド州ボルティモア市で黒人男性フレディー・グレイ氏(享年25)が刃物の不法所持の疑いで逮捕された際、脊髄を損傷して一週間後の4月19日に死亡した事件で、州検察は5月1日、殺人や過失致死などの疑いで警官6人を起訴した。多くの黒人市民は歓声を上げ、歌い踊りながら行進した。一方、この訴追に至るまで、同市では怒りの黒人暴動や略奪が発生。これに参加していたマイケル・グレアム君(16)の母親トーヤさん(42)は、息子の姿をテレビ中継で見付け、警察や州兵との対峙で危険な現場まで急行して覆面のマイケル君を群集の中から引き摺り出し、何回もビンタを喰らわせ、「ここから出ておゆき!」と怒鳴りつけた。子供の命を救うため、必死の行動に出たのだ。
インタビューで、「息子が第二のフレディー・グレイさんになってほしくなかった」と語る6人の母であるトーヤさんの親心は全米に共感を呼び起こし、メディアによって「今年の母親」との称号まで与えられた。
これに対し、黒人ジャーナリストのジュリア・クラベン氏は、「白人たちは、黒人の母親が息子の黒人蜂起参加をやめさせたと解釈したから喝采を叫んだのであり、母親が警察の黒人虐待から息子を守ろうとしたという本当の動機を知れば、賛美をしないだろう」と指摘した。
これで筆者が思い出したのが、メンバーの5人兄弟全員がリードボーカルをとれる実力派ソウルグループで、『愛のディスコティック』や『ディスコ天国』などのヒット曲で知られる「タバレス」がおよそ40年前に発表した『トゥ・ジ・アザー・マン』という曲だ。黒人の母の息子への愛を、息子が回想して切々と歌い上げるバラードの名作だ。
「僕が幼いとき、悪さをしたらママの膝の上に乗せられ、ベルトで尻を叩かれた。その時は知らなかったが、悪い行いはいつか犯罪につながることが多い。今となっては、お仕置きを受けたことが嬉しい。ママの躾のおかげで、警察のご厄介になるようなことはなかったから。今は、分かるんだ。」
まさに、トーヤさんの姿と重なる。ゲットーやスラムで育った不良少年がやがて犯罪者になるコースは40年前も今も同じであり、たとえひっぱたいてでも、息子を守ろうとした母心と、それが大人になって分かった息子の気持ちが伝わってくる。米メディアでは息子への平手打ちを「虐待だ」と非難する声もあるが、将来マイケル君は母親が権力の手から自分を守ってくれたことに感謝するようになるのではないか。
一方、権力を信用する黒人は最終的に裏切られる。今回のボルティモア暴動で警察車両に乗っかり、それを破壊したアレン・ブーロック君(18)は4月30日に両親の勧めで警察に自首したが、50万ドル(約6千万円)という、貧困家庭にはとても支払えない保釈金が設定され、今も拘束中だ。
一方、グレイ氏殺人の罪で訴追された警官6人はそれぞれ25万ドルから35万ドルの保釈金を積んで釈放された。支払ったのは、警察支援者だと思われる。通常、殺人容疑者には保釈の可能性がないが、警察と一心同体の検察が特例を設けたのだ。
これら「殺人警官」の刑は、万が一有罪が確定すればという可能性の低い仮定の下で最高30年の懲役だが、器物破損のブーロック君の刑はほぼ有罪が確実視され、最高8年の懲役だ。あまりの不公平さに、ブーロック君の両親は「出頭を勧めたことを後悔している」と語っている。子供を権力の横暴や暴力から守れない悔いこそ、黒人親の子育ての原点だ。
(【米・ボルティモア暴動を読み解く 2】~現代版奴隷制の「監獄プランテーション」~ に続く。本記事に貼られている英文の元記事やミュージックビデオへのリンクを読みたい方は、Japan in-depthのウェブサイトhttp://japan-indepth.jpをご覧ください)