[岡部伸]【試練の対露外交、日欧の足並みが重要】~プーチン訪日なるか?~
岡部伸(産経新聞編集委員)
「岡部伸(のぶる)の地球読解」
|執筆記事
ドイツ・エルマウ城で開催された主要国首脳会議(サミット)を前に安倍晋三首相が日本の総理として初めてウクライナを訪問し、ポロシェンコ大統領に経済支援を表明したことに、ウクライナと敵対するロシアは複雑な反応を見せている。
ロシア国営ラジオ放送「スプートニク」(旧ロシアの声)は9日までに日本問題専門家の談話として、「日本はいつもと同じように、2つの椅子に座ろうとしている」と非難し、「(北方領土問題を含む日露関係進展の)ボールは日本側にある」と日本に制裁を続ける先進7カ国(G7)から離れてロシアへの接近を求めた。
米政府は、安倍首相の独自の対露外交がロシアへの制裁圧力やG7の結束を弱めかねないと懸念を表明しており、懸案の北方領土問題の解決に向けて対露外交を重視してきた安倍政権にとっては、試練を迎えている。
「スプートニク」は、主要国首脳会議が開催されたドイツから相反するシグナルが送られたと報じた。「安倍首相がドイツのメルケル首相との会談で、領土問題を解決するためにロシアとの対話を続ける必要があるとの考えを表し、メルケル首相もそのサポートを約束した。一方で、米国のオバマ大統領は、プーチン大統領の年内の訪日について、G7の結束を乱さないために、慎重な対応を求めた」ためだ。
これに対して、日本問題専門家、ドミトリー・ストレリツォフ氏は、「日本はロシアとの争いを望まない一方で、欧米の結束した立場から離れることができない。これで若干の路線の矛盾と一貫性の欠如が起こっている。今後も日本の対露政策は、何らかの独立した要素が存在する一方、(G7の)対ロシア制裁的な要素も存在する」と分析。
プーチン大統領訪日について、「準備する2カ国が努力すれば成果となる。しかし、ボールは日本側にある」と責任を日本に押しつけ外交努力を促した。これは、プーチン大統領の年内訪日に向け、調整を進めようとしている安倍政権に、「対露圧力の結束を弱める」と慎重な検討を促しているオバマ米政権をけん制、日本側にロシア重視の「踏絵」を踏ませようとするシグナルだ。
ウクライナ問題をめぐる日本の対露制裁が交渉継続の環境を破壊しているとの一方的な認識で、国際秩序を破り、「力による現状変更」を行使するロシアに本来そのような発言権はないはずだ。
また「ロシアも利益を得る。エネルギー協力、北極海航路、インフラ建設など経済分野で合意すれば、中国との経済関係のバランスも改善する。政治的にも(対露制裁の)圧力が強まっても、孤立しておらず、(日本が)重要なパートナー関係にあることを示すのはロシアには重要」と述べた。
対日接近で中国とのバランスを取り、国際孤立から脱しようというロシアの思惑が透けて見える。さらに大統領が訪日しても「領土問題が解決されることはない」とコメントしている。
在京の外交筋によると、外務省の対露外交は迷走している。プーチン大統領が最も嫌悪したとされる安倍首相のウクライナ訪問を実現させたほか、5月に来日したプーチン大統領の側近中の側近であるナルイシキン下院議長が、駐日ロシア大使を通じて外務省に安倍首相との面会を求めたところ、外務省は日露接近を警戒する米国に配慮してけんもほろろに退けた。そこでロシア側は森喜朗元首相らに働き掛け、官邸主導で、ようやくナルイシキン下院議長の安倍首相への表敬が実現したという。
先の日米首脳会談で安倍首相がオバマ米大統領と同盟関係の深化を宣言したことで、ロシアは北方領土の元島民らがビザを取らず故郷を訪れる「ビザなし交流」と「自由訪問」を突然中止した。平成4年に始まったビザなし交流は21年にロシア側の都合で中止されたことがある。11年から行われている自由訪問がロシア側の都合で中止となったのは初めてだ。
さらにロシアは平成10年2月に日露間で締結された北方領土周辺水域での日本漁船の安全操業枠組み協定を「破棄」する構えも見せているという。こうした「強面」ロシアに外務省は有効な対応策が取れていない。隣国のロシアを異端視して距離を置けば、伸張する中国により接近する。ここは官邸主導による独自の対露外交が求められる。
ドイツからの報道によると、安倍首相はドイツでのサミットでドイツのメルケル首相ら欧州の首脳と「ロシアに対しては、圧力をかけ続ける一方で、対話も重要だ」とプーチン大統領との首脳レベルでの対話継続を訴え、欧州首脳から理解を得た。日本は「対話」で日欧の足並みが揃っていることを印象付け、日露正常化に反対する米国の軟化を促したい。