[大原ケイ]【あの歴史的な6月の10日間】~そして続くアメリカの闘い~
大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)
「アメリカ本音通信」
これから何十年も「あの6月の10日間」と言えば、アメリカ人なら誰でもその時の気持ちを思い出せる歴史的な日々になるのかもしれない。そんなことすら予感させる激動の日々だった。この間の一連のできごとが歴史の大きのうねりとして繋がっているのなら、きっかけは暗澹とした気持ちにさせる乱射事件から始まった。6月17日、週末の行事を前にサウスカロライナ州チャールストンの由緒ある黒人教会では、牧師やスタッフが忙しい合間を縫っていつもの聖書勉強会を開いていた。変わったことと言えば見知らぬ若い白人男性が参加したいと門を叩いたことだった。
断る理由はない。スタッフ一同快く彼を受け入れ、聖書の言葉にそれぞれが思いを馳せていた。ほどなく、その男はやおら立ち上がり、ひどい差別の言葉を吐きながら何度も弾を詰め替え、銃を乱射した。SNSに残されたメッセージには「白人の人権を取り返す戦争を引き起こす」という動機が書かれていた。
辺りは一面血の海と化し、上院議員でもあるクレメンタ・ピンクニー牧師ら9人が犠牲になった。犯人のディラン・ルーフはまもなく逮捕されたが、保釈審問の際に遺族らが次々に「彼を許す」と発言したのが印象的だった。まるで長く苦しい(有色人種差別を規定化した)ジム・クロウ法の時代がまだ続いているかのような錯覚に陥った。
いくらなんでもこんな悲劇はもうたくさんだと、各地で南部連合旗(奴隷解放を唱え、北軍が勝利した1860年代の内戦の時の旗)を降ろせという声が上がった。南北戦争の際、真っ先にアメリカ合衆国を離脱したサウスカロライナ州の州議会議事堂に掲げられている南部連合旗を降ろそうと、ニッキー・ヘイリー州知事が訴えた。
南部連合旗をめぐる論争が続く中、米最高裁判所が次々とエポック・メイキングとなる判決を発表した。まずは「オバマケア」と呼ばれる医療保険制度改革法に則った補助金支給が合憲だということ。
この政策に反対する共和党保守派はこの5年間というもの、修正法を出す、各州の自治体レベルで訴訟を起こす、行政府封鎖で米国債債務不履行をちらつかせるなど、あの手この手で50回以上もオバマケアを撤回させようとしてきたが、ようやくその道は断たれたといっていい。それでも、共和党の知事は州議会と組んでこれからもメディケア(高齢者向け健康保険制度)の拡大を阻むだろうが、それで州民が納得するとは思えない。
そして26日、日本でも大きく伝えられた判決が、同性婚を禁じる法律は違憲であるというものだ。同性愛者のシンボルとなった七色の旗があちこちではためき、ちょうど時期の重なったゲイプライドパレードが大いに盛り上がった。だが何もアメリカが急に同性婚に寛容になったわけではない。60年代の公民権運動の一部として、ずっと差別と闘ってきたLGBTの人たちの努力がようやく実を結んだだけなのだ。
これらのできごとに共通するのは、同性愛を罪とし、政府の干渉を嫌い、自分たち以外のマイノリティーを抑圧してきたプロテスタント信者である白人男性の時代が終わりつつあるということだ。そのことをよく理解しているからこそ、ディラン・ルーフのような若者が殺人を犯し、環境問題に取り組めと訴えるフランシスコ教皇にたてつき、移民法改正をガンとして受け入れず、女性から中絶する選択を取り上げ、オバマ大統領を悪魔やヒットラーになぞらえ、銃規制にはいっさい耳を貸さないでいるのだ。
安全で平和な日本から見れば、なんと闘争的で恐ろしい国かとも思えるだろう。確かにアメリカは闘うことを躊躇しない国だ。自由のために命を捧げる覚悟がある。イスラムとのテロとも闘うが、同時に国内でも常に理想的な自由の国を目指して闘っている。奴隷所有と差別の象徴である南部連合旗が降ろされ、性的嗜好を問わず多様な人々を象徴するレインボーフラッグが掲げられようとした9日間だったのだ。