セミナー
.国際  投稿日:2014/1/5

[堀尾藍]墓標代わりの「空き缶に入れられた遺骨」〜HIV/AIDSで両親を亡くしたザンビアの孤児院で見た現実


堀尾 藍(アフリカ研究者)

執筆記事プロフィールFacebookWebsite

 

両親または片親を失った15歳未満の孤児は、世界全体で1344万人に達し、このうちの8割の1103万人がアフリカに集中している。2013年12月5日に死去したネルソン・マンデラ初代南アフリカ大統領の息子がHIV/AIDSの合併症によって死亡したことも記憶に残る。

今回はザンビアの首都・ルサカの空港寄りに位置する孤児院「Kasisi Childeren’s Home」について書いてみたい。この孤児院は1926年にポーランドのシスター達によって設立され、主にHIV/AIDSによって両親を亡くした子ども達が生活をしている。

gazou298乳幼児にとって、母親の存在は絶対的な存在であり、母親がHIV/AIDS等で死亡した子ども達は孤児院で生活をするケースが多く、それ以外は親族が引き取るケースも見られる。しかし、母親が不在で育った子どもは常に空虚感にかられている為、女性の客が来ると、「抱っこして!」と母親像を求める。

HIV/AIDSは、乳幼児にとって絶対的な存在である母親を子どもから奪ってしまう残酷な病気である。HIV/AIDSは母子感染する確率が高く、この孤児院は常に「死」と隣合わせだ。

私はこの孤児院「Kasisi Childeren’s Home」に二度訪れたことがある。一度目はザンビア人のホストシスターと、二度目はJICA(独立行政法人国際協力機構)のシニアボランティアと一緒に訪問した。前者の場合と後者の場合では現地人が提示する情報が異なる。また、情報提供者が現地人か否かによっても訪問者が得られる情報内容が異なる。


gazou299二度目の訪問の時である。JICAの協力隊員の一人が、私とシニアボランティアの方を孤児院から少し離れた墓地に案内してくれた。そこには、ザンビアのホストシスター達が私達には見せたくない景色があった。それはザンビアの現実そのものだった。

私が目にしたのは、地面に置かれた数えきれないほどの小さな缶だった。それは、子ども達のお墓だということだった。

この孤児院では、あまりにも亡くなる子どもの数が多いため、一時的に小さな缶を墓標の代わりに置いていたのだ。

「今日も墓の穴を掘り、缶を土の上に乗せました」と、協力隊員が一言だけ呟いた。私は何も言えなかった。

gazou300 gazou301

(右写真:HIV/AIDSの母子感染によって亡くなった孤児院の子ども達の名前とその子ども達が大切にしていた品を刺繍した布 ※筆者撮影)

 

子ども達はどんなに過酷な環境であっても、純粋な笑顔を見せてくれる。子どもは母親と一緒にいるのが望ましい。けれども、ザンビアの多くの子ども達はそんな選択さえ出来ない。一人でも多くの子供が、大好きな母親と一緒に生活をしながら、思いっきりボールを蹴り、友達と笑い、楽しんで勉強ができるように、これからも私はザンビアに足を運び続けたい。

※注※写真に掲載した子ども達がHIV/AIDSに感染しているのではない。

【参考文献】

  • 石弘之『子ども達のアフリカ<忘れられた大陸>に希望の架け橋を』(岩波書店)2005年

【あわせて読みたい】

 

 

タグ堀尾 藍

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."