[宮崎愛子]【揺れるデンマーク:民主主義とは何か?】~EUに関する国民投票が示すもの その2~
宮崎愛子(北欧研究所・コペンハーゲン大学・慶應義塾大学)
2015年12月3日、デンマークにおいてEU司法・内務協力の留保撤廃に係る国民投票が行われた。結果としては、投票率72%のうち賛成46.9%反対53.1%で反対が上回り否決された。デンマークが現在参加している欧州刑事警察機構の性質が国家間協力から超国家間協力へと段階が上がった連携になるため、国家主権の一部を国際機関などへ移譲する場合には国民投票で承認を得る必要があるとの憲法の規定により実行された。今回の結果は、民主主義のあり方や国民投票の必要性を考えさせるものであった。投票前にコペンハーゲン大学の学生や教授と話し、政党ユース団体や政治家へインタビューをしたところ、賛成派政党はもちろんだが、いわゆる知識階層や高所得者の大半が賛成であった。また、議会の62%を賛成派が占めており、自由党に所属するラース・ルッケ・ラスムセン首相も賛成の呼びかけをしていた。
一方、投票前の町やメディアを見ていると反対派のキャンペーンのほうが大きかった。争点を聞いていると反対派は欧州刑事警察機構の参加には賛成しており、国民投票で争われること自体には賛成していた。反対派が主張していたことは、国民投票の結果によりデンマークがEUに対して主権を渡し協力を進めることに賛成するか反対するかという未来におけるEUに対する姿勢をこの投票で発信することを訴えかけていた結果、反対という結果になった。それを受け、ラスムセン首相やデンマーク政府は現在欧州刑事警察機構と別の協定を結ぶことにより参加を続ける交渉を始めている。
今回の選挙で私が民主主義のあり方に疑問を感じている点は2つある。一つは、政治を実際に決めている政治エリートと国民の温度差である。今回の国民投票を巡るEU反対の言説は、日本における昨年の安保法案の成立を巡る反対の言説のあり方と共通したものを感じた。適用除外があることによる弊害ではなく、EUとの関係の是非に論点がすり替わっていたように、安保法案への反対派は、法案により自衛隊の活動範囲がどのように変わるのかではなく、戦争法案や徴兵制度の復活反対などを叫び、この法案によって実現しないような日本の戦争に対する姿勢が主張されていた。法案自体ではなく反対派政党やメディアが簡略化した国民を煽るような筋書きに乗っかった主張が蔓延していた。実際の争点とは異なるところで作られた議論に国民が巻き込まれるこのような状況は、議論されていたとしても民主主義が機能しているといえないのではないだろうか。
二つ目は、国民投票の意義への疑問である。たしかに、ラスムセン首相も「今回の投票は、国民が一度立ち止まり考え議論できたとても重要な機会だった」と言うとおり、国民投票がデンマークおいて国民の政治への関心を高める役割を果たしているのは事実である。投票運動期間には政党ユース団体の活動など、デンマークの若者の政治参加の活発さにも驚かされた。しかし、上記に述べたように必ずしも国民全体に対してEUへの理解が深まったとは言えない。
また、国民投票の結果は国内政治だけでなく海外に与える影響も大きい。1992年のマーストリヒト条約批准をデンマークが国民投票で否決した際も、反EUの機運は欧州全体に広まりEU憲法の頓挫を招いた。今回の結果もイギリスが今後行うEU離脱に関する国民投票への影響が懸念されている。それにもかかわらず、賛成と反対どちらになるかわからない賭けのような国民投票に国の方向性を決める役割を与えることは果たして望ましい政治のあり方なのだろうか。
国民の政治参加というとき、多くの国民を巻き込むことだけでなく議論の質を上げることこそが求められているように思う。日本も近年はデモが次第に活発して民主主義の根付きとして喜ばしいことであるが、民主主義のあり方を今一度考える必要があるのではないだろうか。
(この記事は【揺れるデンマーク:EUとの関係は?】~EUに関する国民投票が示すもの その1~ の続きです。全2回)
【宮崎愛子】慶應義塾大学法学部政治学科4年。コペンハーゲン大学の政治学科に2015年8月から半年間留学中。高校時にも1年間AFSでデンマークに留学。専門は西洋外交史。北欧研究所インターン。
※トップ画像:メトロの階段に貼られた国民投票 賛成/反対のポスター ©宮崎愛子