[清谷信一]【陸自は輸送防護車を使いこなせない】~海外邦人救助に大きな懸念 その1~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
陸上自衛隊は12月17日、海外での邦人救助を想定した訓練を相馬原演習場(群馬県榛東村)で実施し、ここで初めて新たに中央即応連隊(宇都宮)に配備された輸送防護車「ブッシュマスター」を公開した。訓練は邦人が外国の日本大使館に取り残されたとの想定だった。
陸自は既に平成25年度の補正予算で、4輌の耐地雷装甲車ブッシュマスターを7億円で導入した。更に来年度予算でブッシュマスター4輛を9億円で追加調達する予定だ。
ブッシュマスターはADI(元タレス・オーストラリア)社がオーストラリア陸軍向けに開発した大型の4輪装甲車で、戦闘重量が14トン、耐地雷構造を有しており、路上最大速度は時速100キロである。乗員は車長、操縦手の他、下車歩兵が8名搭乗できる。内側には車内温度の低減のために耐熱素材が貼られており、クーラーも完備している。また飲料水タンクも搭載し、常に冷たい水が飲める。ブッシュマスターはオーストラリア以外にオランダ、英国なども採用しており、アフガニスタンなどの実戦で使用されている。
ブッシュマスター自体は優れた耐地雷装甲車である。また実戦を通じて多くの改良もなされている。そのことに異論はない。だが現状を見る限り陸自が邦人救護の任務と耐地雷装甲車の使い方を理解して採用したとは思えない。またブッシュマスターを選択した際に、まともに他の候補を検討した様子が見られない。率直に申し上げて、陸自の調達はアマチュアの思いつきレベルである。
導入されたブッシュマスター及び、来年度で導入されるブッシュマスターはすべてAPC(装甲歩兵輸送車)型である。軍事作戦の常識を考えれば、同じく耐地雷構造を有した回収車、指揮通信車、装甲救急車、工作車輌、工兵車輌、水や食料などを運ぶ装甲トラックなどをパッケージで揃える必要がある。ブッシュマスターで邦人を輸送するなら護衛用の車輌も同様に耐地雷装甲車が必要となる。せめて来年度の予算で回収車、装甲救急車だけでもパッケージで揃えるべきだった。
だが今回の演習では既存の軽装甲機動車などが使用されていた。既存の装甲車が触雷すれば乗員が死傷する率は極めて高い。護衛用の車輌はコンボイの前後につくが、触雷も敵の襲撃も真っ先に受けるのも前後の護衛車輌だ。
陸自の装甲車輌は軽装甲機動車を含めて、耐地雷能力は殆どない。96式装甲車に至っては車体下部が凹型となっており、わざわざ触雷の被害を拡大する構造になっている。陸自の装甲車でIED(Improvised Explosive Device:即席爆発装置)や地雷に触雷すれば乗員が全員即死する可能性は極めて高い。
しかもこれらの装甲車は防弾レベルが7.62ミリの小銃弾程度であり、NATO規格のレベル1であり、防御力が弱い。対してNATO諸国がこのような任務で使用する装甲車は最低でもレベル2、レベル3~4が使用される場合が多い。
しかも陸自の負傷者を救う衛生の態勢は極めてお粗末である。現在その体制の一新のために、防衛省では「防衛省・自衛隊の第一線救護における的確な救命に関する検討会」を開いているが、座長である佐々木勝都立広尾病院院長は10月2日発売の「月刊WILL」において「あまりにお粗末な自衛隊の医療体制」という論文を発表し、その中で、「検討会では自衛隊の医官はオブザーバーとして座っているだけで、自ら拡充を訴えることをしない。私が『もっと隊員の命を救える体制を整えるべきだ』と言えば後ろからついては来ますが、自ら道を切り拓こうとしない。これでは何のために防衛医科大学を出て医者になったのかわかりません」と、検討会に参加する防衛省側のやる気の無さを手厳しく批判している。
お粗末な現状をどうにかしようという気位も危機感もない。このためただでさえ耐地雷機能がない装甲車で被雷し、大損害をだしてもまともな手当を受けることができない。陸自は多くの損害を出すことになる。防衛省は他国のイラクやアフガンでの戦訓を何も研究していない。自衛官は使い捨てかと言いたくなる。
またブッシュマスターにしてもルーフの銃座には防楯もない5.56ミリ機銃のMINIMIが装備されていた。この種の任務では射手の安全を確保するために周囲を装甲や防弾ガラスの防楯で囲まれた開放型の機銃座が採用されることが多い。実際イラクに派遣された軽装甲機動車なども全周型の防楯を採用していたのだが。
また車内から操作ができるRWS(リモート・ウエポン・ステーション)などを併用して装備することも多い。ズーム機能を持ち、安定装置と暗視装置を組み込んだRWSは走行中でも、肉眼より遥かに夜間でも相手を探知し、正確に射撃できる。また当然ながら相手が隠れていそうな場所を、ズーム機能を使って偵察することもできる。更には車内から操作するので、射手が被弾する可能性が大きく低減する。
中国や途上国でもこのRWSを既に実用化しているが、防衛省では技術研究本部が開発中ではあるが、自衛隊では一つも採用されていない。更に申せば、紛争地では武装勢力はたいてい、7.62ミリあるいは12.7ミリのロシア系の機銃を使っている。5.56ミリ機銃では対抗ができない。ところが陸自は戦車などの同軸機銃以外、7.62ミリ機銃を廃止してしまった。理由は国内の交戦距離が短いというのだが、であれば戦車の砲塔に搭載している12.7ミリ機銃も過大だということになる。7.72ミリ機銃を廃止したのは世界で陸自ぐらいのものだ。
(【陸自の輸送防護車、高額な調達価格】~海外邦人救助に大きな懸念 その2~ に続く。全2回)
※トップ画像:ブッシュマスターの輸送型©清谷信一
※文中写真:KMW(クラウス・マッファイ・ウェックマン)社(独)RWS(リモート・ウェポン・ステーション)FLW200 提供:KMW