[岩田太郎]【「信」の欠如がテロとポピュリズムを加速】~特集「2016年を占う!」国際政治~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
日本漢字能力検定協会が選んだ2015年の漢字は「安」だったが、2016年のテーマは「信」になるだろう。政府や政治家、エコノミスト、そして「常識」に対して大衆が抱く信頼感が大きく低下し続けるなかで、絶望した人々が信じられるもの、信頼できるものを強く求めるようになるからだ。国内では、安倍晋三首相がバラマキ政策で選挙に勝利し、長期政権を盤石なものにする。完全に信を失った民主党など野党が行き詰まり、打破も新生も打ち出せず、国民の信頼を取り戻せないからだ。だが、消去法で強大になった安倍政権にも、日本の在り方や経済再生に関して、信念と根拠に基づくビジョンや方法論がない。その結果、政策がその場しのぎでちぐはぐとなり、失政が続発し、政治に対する国民の不信が募るという逆説的な状況が出現する。
これは、日本に限ったことではない。欧州統合の基盤関係にあるドイツとフランスで、国民が官僚エリートたちの政治・経済・安保面での無策に絶望している。その不信が、2016年に両国での右傾化・国家主義の不可逆的な流れを加速させ、2017年の独仏総選挙において欧州分裂が明確になる。人々は無能なエリートを信じずに見限り、単純明快なメッセージで希望をもたらす大衆扇動家になびく。
米国では、大統領選挙で泡沫候補のドナルド・トランプ氏(共和党)やバーニー・サンダース氏(民主党)は消え、本命のヒラリー・クリントン氏(民主党)やマルコ・ルビオ氏(共和党)など、職業政治家の争いに絞られていく。だが、ここでもエリートたる職業政治家が、「強い米国」と中流層の復興などで、国民の心を一つにし、納得させられる展望を示せない。候補らの論理はねじ曲がり、明朗さを欠き、大統領選の投票基準は消去法になる。大衆は無力感を募らせる。
一方、ジャネット・イエレン議長率いる米連邦準備制度理事会(FRB)は、既定路線である四半期ごとの利上げに邁進するが、「米経済は強い、インフレ率は上がる」との根拠が薄い「自信」を市場も人々も信じず、実際に利上げが実体経済を減速させる。日本では、黒田日銀やアベノミクスへの信頼感も、枯渇する。
問題を解決するどころか、悪化させてばかりの政治・経済の機能不全による既存体制への不信の増大は2016年、大衆に迎合する勢力を世界中で伸長させる。科学や医療分野の不正も増え、人々は信じられるものを求めて、大胆な改革や解決を謳うポピュリストや国家主義に傾倒する。そのなかで、現在の行き詰まりの根源は、問題を悪化させるエリートたちが推し進めるグローバル資本主義であるとの主張が欧州のみならず、米国や日本でも勢いを得る。まさにグローバル化が最高潮に達し、進行中と見える2016年に、経済ブロック化の萌芽が加速する。
2016年には、地政学や国内治安の面でも政治・経済への不信に連動した不安定化が進む。世界安定の要であった米国の機能不全は同国の疲弊・弱体化をもたらし、世界中に時代の移り変わりの動きを加速させる。米中・米露の対立激化と政治のブロック化が見られるなか、米欧の軍事的攻撃により本拠地のイラクとシリアで弱体化した過激派組織ISが、米国や欧州で「逆襲」を強化させる。逃げ道がない高速道路での無差別テロなどが起こり、テロを効果的に防止できない「西洋的な寛容政策」への不信が高まる。
他方、米国では黒人を人とも思わない警察や司法の無法がさらに暴走し、人を守るのではなく罰して奪う刑事司法への信頼は、地に落ちる。日本では報じられない、毎週のように起こる警察の丸腰黒人射殺に我慢できなくなった黒人が暴動を起こす。全米で銃乱射事件もさらに増加し、コントロールできなくなるため、人々は「政府は頼りにならない」との思いを強くする。その結果、「正義は自らの手で」という思想が蔓延し、銃規制は進まないだろう。欧州でも、非効率なテロ抑制で、「寛容政策は効果がない」とするポピュリストが躍進しよう。
このように、「信」の欠如が2016年の世界を形づくるだろう。エリートや既存制度への不信で益に浴すのは、テロリストやポピュリストだ。信頼の回復に必要な、手間ひまとカネがかかる「できるだけ多くの人が勝つ仕組みづくり」「人と人の信頼と関係性の至上命題化」という、地道で儲からない作業は見向きもされず、手っ取り早い解決を謳う勢力が支持を得る。「信」が失われる2016年の世界は、既存体制の清算と、紛争の道により深く踏み入れることになるだろう。