[岩田太郎]【「経済的平等」でテロは防げる?】~ピケティ教授の説は“絵に描いた餅”~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
昨年の師走の日本は「ピケティ・フィーバー」に沸いていた。資本主義が生み出す経済格差を是正し、民主主義を守り育てよと説く『21世紀の資本』のフランス人著者、トマ・ピケティ教授(44)の主張は、格差議論の方向性に多大な影響を与えた。そのピケティ氏が、「パリ同時多発テロなど一連の過激化の原因は、中東地域の経済的不平等にある」との説を発表し、米国では反論が出ている。ピケティ教授は11月24日付の仏紙『ル・モンド』に寄稿し、「欧州と中東の両方で平等な社会発展モデルが必要だ」と前置きした上で、「中東における欧米の過去の誤った行いが作り出した中東のテロリズムは、経済的不平等の上に栄えるものだ」との見解を表明。「オイルマネーは狭い地域に偏在し、一握りの者たちがその巨額の富を独占し、中東の若者は民主主義も社会正義の恩恵にあずかれず、(貧しい若者が)テロに走る」と述べた。さらにフランスなど欧州諸国の若者たちがテロに参加する動機を失業や経済的疎外に求め、「平等な社会発展こそが憎悪を克服する」と締めくくった。
これに対し、米評論サイト『クォーツ』のティム・ファーンホルツ記者は、「オバマ政権の経済顧問だったプリンストン大学のアラン・クルーガー教授の研究によれば、テロに走るのは貧しい若者だけでなく、裕福な家や中流出身の高等教育を受けた者も多い」とピケティ氏の事実認識の矛盾を突いた。
同記者は、「ピケティ氏が唱える『貧困がテロや暴力につながる』との仮説は、19~20世紀の米国やドイツ、レバノン、イスラエルに関する研究で、そうした行為を行うものが裕福で教育程度が高い者が多いことが判明し、否定されている」と断じ、「貧困のみが原因ではなく、腐敗した政治体制が主因だ」とした。
さらに、ピケティ教授の主張が、イラク侵攻を命令した(同教授が批判する)ブッシュ前米大統領の、「テロとの戦いの答えは希望であり、そのために我々は中東地域の貧困と戦うのだ」との声明に酷似していると指摘した。
一方、『ニューヨーク』誌のアニー・ロウリー記者は、「貧困と経済格差は似ているようで別物なので、注意が必要だ」とコメント。また、『ワシントン・ポスト』紙のティム・タンカースレイ記者は、「イスラム国(IS)の勃興の主因に関する論争は始まったばかりだ」として、見極めが必要との見方を示した。
このように米国内での議論は、中東の経済的・政治的状況に焦点を当てている。だが、ピケティ教授の「経済格差テロ論」は、仏国内や欧州における中東移民排斥を叫び、欧州統合に反対する仏極右政党の国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首(47)と彼の政治的対立の文脈で解釈しなければ、本質を見失う。
このテロ原因論争は、欧州で域内統合やグローバル化を推進するピケティ氏のような知識人エリートと、そうした体制に異を唱え、欧州内各国の民衆による国民投票など直接的民主制や、グローバル化反対を唱えるルペン氏ら「庶民の代表」のせめぎ合いから生まれた。統合やグローバル化が、テロや移民排斥で後退すれば、欧州知識人エリートは権力と富を失う。官僚的テクノクラートの保身こそが、「格差論」「平等論」や移民擁護論、ひいては欧州のテロ対策の核心なのだ。
カーネギー国際平和財団のステファン・レーン研究員は、「欧州連合(EU)のエリート層は、政治的・経済的・社会的問題を技術的な論争に持ち込み、彼らだけが密室で物事を決めるスタイルをとってきた。これに対し、一般層は国民投票など直接的な政治参加を求めている。エリートたちは、そうした直接民主主義制度の弊害を説いて反対している」と解説している。
ピケティ教授は、「私の主要敵は、民族主義と国家主義だ」と述べているが、エリートが民族主義や国家主義を抑え込むグローバル化や域内統合の「平等」「包摂」「寛容」「開かれた国境」こそが、経済格差の源泉だとして反発を招き、テロリストが、「十字軍が我々を統合して、イスラムのやり方を妨げ、支配する仕組みだ」としてテロを正当化する理由になっている。
エリートに強制された経済開放そのものが人々を経済的に苦しめてきたのではないか。国境規制や各国の独立性確保が、逆に人々を救うのではないか。欧州と中東で、人々は既存の「開かれた」経済秩序を疑っている。その文脈において、ピケティ教授の「経済的平等」は絵に描いた餅であり、テロを防げない。