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.国際  投稿日:2016/3/5

米青年北朝鮮拉致疑惑浮上 日米連帯へ


古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

安倍晋三首相が最優先課題だとしてきた北朝鮮による日本人拉致事件の解決はいままた遠のいたようにみえる。北朝鮮が「再調査の打ち切り」を宣言し、両国政府間の公式協議を断ち切っただめだ。だがその闇のなかで、一筋のわずかな光が射してきた。しかもアメリカからの光なのだ。

アメリカの議会が北朝鮮政府の工作員がアメリカ人青年をも日本人拉致と同じような方法で拉致して、そのまま拘束しているようだ、という非難の声をあげたのだ。しかもその声はアメリカ連邦議会上下両院への決議案の提出という公式な形をとったのである。この決議案はアメリカ政府機関に正面からの調査を始めることを求めており、そうなると北朝鮮の拉致事件への日米連帯の対応ができる見通しも生まれてきたのだ。

同上下両院に2月10日、「デービッド・スネドン氏の失踪への懸念の表明」と題する決議案が提出された。当初の提出議員は上院4人、下院4人の計8人だった。その内容は2004年8月に中国の雲南省行方不明となったアメリカ人大学生のスネドン氏(当時24歳)がそのころ同地域で暗躍していた北朝鮮政府の工作員に拉致され、平壌に連行されたままである可能性が高いとして、国務省などアメリカ政府関連機関に本格的な調査を求めていた。

スネドン氏は当時、韓国での留学を終え、アメリカに戻る前に中国各地を観光旅行中で、雲南省の名勝の渓谷地帯を旅している間に消息を絶った。アメリカ側からの問い合わせに対し中国当局は「彼は渓谷に転落して死んだとみられる」と回答した。しかしスネドン家の家族らの調査により同氏が渓谷を越えた地域のレストランで何回か目撃されたことがわかり、謎を深めていた。

その後、日本の拉致問題関係者や米側の情報機関関係者らから「スネドン氏は雲南省で北朝鮮工作員5人にミャンマー経由で連行され、平壌で北朝鮮軍の諜報要員らの英語教師をさせられている」という有力情報が浮上した。

しかし国務省は決定的な証拠がないという理由で本格的な調査活動を始めなかったため、スネドン家の両親らが地元のユタ州選出の議員に訴えて、議会が政府に調査を要請する趣旨の決議案の提出となった。この決議案にはその後、さらに賛同議員が増えて、いま大統領選の共和党候補として活躍するマルコ・ルビオ上院議員も加わり、共同提案者は3。

この動きは日本の拉致問題解決への努力にも大きく寄与することが考えられる。アメリカが北朝鮮によるスネドン氏の拉致の解決に取り組むとなると、日本の対応とは基本から異なる、ずっと強固な動きが起きてくる見通しが強い。アメリカは自国民の生命の保護には軍事力の行使や威嚇をも含めてあらゆる手段をとって強く出るのが伝統だからだ。

1904年にセオドア・ルーズベルト大統領がモロッコで拉致されたアメリカ人家族の救出のためにすぐに艦隊や海兵隊を送ったのは有名な話である。近年でも1980年にはイランの過激派に拘束されたアメリカ外交官の救出のために時のカーター大統領が空母とヘリによる軍事作戦を試みた。2009年には北朝鮮に拘束されたアメリカ人女性記者2人の解放のためにクリントン元大統領が自ら平壌入りした。他方、日本はいくら貴重な日本国民の生命のためでも物理的な力を使う救出行動は一切、とれない。憲法の規定がその理由だといえる。だから日本人拉致事件の解決も日本がアメリカと共闘を組めれば、北朝鮮への圧力も対話も、その効果を数段と増すことになる。日本の拉致解決にも間接的に強固な武器となるわけだ。

こうした観点から日本側では元拉致問題対策担当大臣の古屋圭司衆議院議員がアメリカ議会に働きかけ、決議案の提出を求めてきた。現在は自民党の拉致問題対策部長の古屋氏は2月下旬にも米議会を訪れ、5人の上下両院議員と5人の議員補佐官と会い、この決議案の推進を訴えた。そのなかにはルビオ議員の補佐官もいて、古屋氏の要請に応じて同議員の共同提案を取りつけたのだという。異色の議員外交だった。

日本側では拉致問題の「家族会」や「救う会」の関係者たちもスネドン氏の家族と連絡をとりあい、情報を提供してきた。また日本側でも当初は政府が「決定的な証拠がない」という口実で拉致問題に真剣に対応しなかったという「日本の教訓」も古屋議員らはアメリカ側に訴え続けてきたという。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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