親日国バングラデシュ・テロ 犠牲になった日本人(下)
千野境子(ジャーナリスト)
世界を震撼させた、親日国バングラデシュでの日本人7人殺害を含むイスラム過激派による残虐なテロ事件。親日国だからこそ、私たち日本人は、そこに潜む憎悪や敵意にもっと敏感に、また繊細にならなければいけないのだろう。破壊しか念頭にないテロリストたちはバングラデシュと日本の関係が良くなっては困るのである。
事件発生からあまり時間を置かず、同国内相がいち早く「犯人はイスラム国(IS)とは関係ない」と語った時、私は正直、バングラデシュの捜査体制に疑問と不信感を抱いた。そんなに早く事態を解明し、断定出来るはずがない。普通、もっと慎重だ。その歯切れの良さが反って同国捜査体制の脆弱性を物語っていた。案の定その後、ISの関与を政府も認めざるをえなくなっていった。
バングラデシュはこれまでISだけでなく、アルカーイダなど国際テロ組織の活動や関与を一貫して否定してきた。それは、いったん認めると外国からの投資などに少なからぬ影響があるからだ。分からないでもないが、厳然と存在するテロにきちんと正攻法で向き合わなければ、反ってISにつけ入る隙を与えることになり、本当は逆効果だ。
日本の4割ほどの国土に約1億6000万の人口を抱えるバングラデシュは、1人当たりGDPが1200ドル余りという最貧国だが、近年、安価で大量の労働力を背景に「世界の縫製工場」として注目され、2015年の経済成長率も6.55%と好調だった。
日本でも中国、東南アジア諸国に次ぐ、将来の投資先として静かな関心を集めつつあった矢先とされる。事件直前に予定された投資セミナーは早々と定員になったともいう。しかし現実には投資先に不可欠な電力・道路などの基礎インフラがまだ未整備であり、そこに今回犠牲になった専門家たちの活躍の場もあったわけである。
投資優先のあまりバングラ政府が治安の危険性に意図的に蓋をしてきたとは言わないが、果たして情報提供や治安対策は十分であっただろうか。相当に改善の余地があるような印象を受ける。また相手国だけにそれを求めるのでなく、日本側もバングラ側との情報交換や緊密な連携が大切だが、果たしてそれは十分であっただろうか。
今後はより実質的な協力や助言も必要になってくるのではないか。さらには政府任せでなく、自らも自らを守るために万全の対策と警戒が求められるが、この点はどうであっただろうか。
追い込まれたイスラム過激派が繰り広げる自爆テロを完全に防ぐことは至難である。ただ「至難」を自覚するかしないかでは大きな違いがある。道を歩くとき、レストランやショッピングセンターなど人出の多いところでの振る舞い行動に自然と注意深くなる。たとえ短期間でも滞在するなら、その社会の文化、宗教、風習、習慣に可能な限り関心を寄せることも大事だ。
いたずらに危険を煽り立てるのではなく、適切なテロ情報や治安情勢の報道を、今後はメディアももっと心掛けるべきだ。ペルーJICA専門家殺害事件は治安情勢の好転の虚を突く形で起きた(「上」参照)が、バングラデシュの事件は私たちに届く治安情報の不十分さの隙を突いたような気がする。
今回あらためて外務省の「海外安全ホームページ・テロ・誘拐情勢」のバングラデシュの項目を読んで、予期した以上にイスラム過激派が跋扈し、外国人やイスラム教に批判的なブロガーを標的とする事件が実は多発していたことを知り、愕然とした。バングラデシュはある意味でテロ情報の死角になっていたと言えるかもしれない。
ホームページの内容を我が事として読めば、バングラデシュの治安情勢がかなり不安定であり、相当注意を要する地域であることが伝わってくる。そして日頃からこのような情報に絶えずアクセスし、リスク意識を高めることが、備えへの第一歩になるのだと思う。テロはまたいつも新たな様相とともに人々を襲うから、備えには不断に取り組むことも大切だ。ひとたび起きれば、テロにより失われるものはあまりにも大きい。
(了。全2回。上もお読みください。)
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この記事を書いた人
千野境子ジャーナリスト
横浜市出身。早稲田大学卒業。産経新聞でマニラ特派員、ニューヨーク、シンガポール各支局長の他、外信部長と論説委員長を務めた。一連の東南アジア報道でボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『インドネシア9・30クーデターの謎を解く』(草思社)『独裁はなぜなくならないか』(国土社)など多数。