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.国際  投稿日:2017/4/20

ゴルゴ13、海外安全対策を指南


千野境子(ジャーナリスト)

【まとめ】

・ゴルゴ13が海外安全対策の広告塔に。

・外務省の発案で、対象は中小企業。

・安全対策意識は継続して持つべき。

 

外務省の為に一肌脱いだゴルゴ

漫画家さいとうたかを氏の超ロングセラー「ゴルゴ13」が、日本人や日本企業の安全対策の指南に乗り出した。ゴルゴ13ことデューク東郷を助っ人に仰いだのは外務省で、題してゴルゴ13の中堅・中小企業向け安全対策マニュアルという。

同省ホームページから安全対策の劇画と解説のセットで毎週1回1話ずつ、すでに4話を配信、ゴルゴ13らしく13話(6月半ば)になったところでミッション完了となる。

 

■バングラデシュでのテロ事件の教訓

今やいつ、どこで起きても不思議でないのがテロ。日本人だからと言って安心出来ない。対象も中堅・中小企業に留まらず誰もが被害者になり得る。仕事であれ観光であれ海外へ行く時は、まずはゴルゴ13のアドバイスをしかと受け止めてからの方が良さそうだ。

百聞は一見に如かず。早速ホームページを覗いてもよいが、その前にゴルゴ13登場の背景から。最大のきっかけは、2016年7月1日にバングラデシュの首都ダッカで起きたレストラン襲撃事件だ。28人が死亡、うち外国人は17人で日本人も7人が犠牲となった。

これまで日本企業の海外展開を勧めて来た外務省だが、支援体制は果たして十分だったのか、また安全情報も出して終わりでなく、相手にきちんと受け止められていたのかなど担当の領事局は安全対策の再検討を迫られたのだった。

 

■日本人もテロの標的に

浮かび上がって来たのは、日本人もテロの標的になり得るという厳しい現実、またテロは世界中に拡散し、レストランや広場、交通機関などのソフトターゲットが狙われ、組織に関係ないローンウルフやホームグローンのテロリストが増えていること等々だった。どれもテロ予防を一層困難にする要素で、安全情報の発信にも工夫の要ることが痛感されたのである。

ゴルゴ13の起用は、第1に海外渡航者のいわゆるボリュームゾーンと関係がある。一般に

①留学生などの20代前後

個人旅行の20代から30代の女性

ビジネスマンなど30~50代の男性

60代以上のシニア男女

の4つに大別されるが、ダッカ事件はまさに③それも中小企業関係者たちだった。そして彼らはゴルゴ13の読者層でもあった。ゴルゴ13は読者の7割が30~50代男性といわれる。また1968年の連載開始以来、一貫して国際関係がテーマであることや、発行総部数2億8600万部(全183巻)という圧倒的知名度も後押しした。

外務省を訪れたデューク東郷に外務大臣が任務を依頼、その理由を「あなたが臆病だから」と語る外相に、東郷が「わかった、引き受けよう」と承諾して第1話「外務省からの依頼」は始まる。このセリフ、ゴルゴ13の愛読者ならピンと来るはず。第28巻『スーパースター』にある。

俺がうさぎ(ラビット)のように臆病だからだ……が……臆病のせいでこうして生きている

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■海外旅行者に登録呼びかける外務省

東郷は東京を皮切りに、企業の安全対策にアジア、中東、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカなど11カ国を飛び回る。第2話からいよいよ本題に入り、外務省が2014年から始めた海外旅行登録「たびレジ(注1)を取り上げる。

パキスタンのかつての首都カラチを舞台に、総領事館からのメール情報でハイデラバード行きを取り止め、爆弾テロの巻き添えになるのを回避した中小企業経営者一行のストーリーが展開する。ゴルゴ13がこう呟く。

たびレジ」が完璧であるというつもりはない……しかし、これが安全対策の第一歩だと……俺はそう思う。

だが実際には、年間1700万人と言われる日本人海外旅行者で「たびレジ」登録者は160万人とまだ1割にも満たないという。これでは外務省がゴルゴ13の手腕にすがりたくなるのも無理もない。

 

■求められる安全対策意識

まだまだ「水と安全はただ」と考える日本人が少なくないということだろう。それでいて、いざ事が起きると政府の邦人保護の責任を追及してやまないのも日本人だ。もちろん国には国民の生命・財産を守る責任がある。しかし究極的には「自分の身は自分で守る」。そのために一人一人が安全対策意識と対応能力を向上させることは、結局自分のためでもある。

大企業と比べて安全対策が後手に回ったり、手薄になったりしがちな中小企業向けになっているが、対象は企業、個人を問わない。とは言え日本に存在する企業386万4000で大企業は1万1000社に過ぎない(2014年版「中小企業白書」)から、ボリュームゾーンでもあるのだ。

最近は官公庁が政策などにアニメやマンガ、映画といったソフトパワーを活用するケースが目立つ。外務省も、かつてイラクのサマーワ連絡事務所で、給水車に「キャプテン翼」の大きなシールを貼り、サッカーが大好きな子供たちに人気を博したことがある。しかし今回のように、毎回ストーリーを作り、完結の暁には単行本の刊行もするほどの取り組みは初めてだ。ゴルゴ13のおかげか、反響も上々らしい。

 

■持ち続けたい安全対策への関心

もっとも能化正樹領事局長は「面白く、話題になるのはよいのですが、それが目的ではなく、基本は安全対策です。ずっと関心を持って頂かないと」と語る。

ごもっとも。喉元過ぎれば熱さ忘れるではいけない。テロや誘拐が起きると危機管理への関心は一時的に高まるが、本当に大切なことは一貫した安全対策とその継続であろう。現地の情勢は絶えず変化することも念頭に置きたい。

第3話、第4話…面白がりながら、シッカリと最後まで読んで、自前の安全対策のマニュアル作りをお勧めしたい。

(注1)たびレジ

海外旅行や海外出張する人が、旅行日程・滞在先・連絡先などを登録すると、滞在先の最新の海外安全情報や緊急事態発生時の連絡メール、また、いざという時の緊急連絡などが受け取れるシステム。https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/

 *トップ・文中画像©さいとう・たかを


この記事を書いた人
千野境子ジャーナリスト

横浜市出身。早稲田大学卒業。産経新聞でマニラ特派員、ニューヨーク、シンガポール各支局長の他、外信部長と論説委員長を務めた。一連の東南アジア報道でボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『インドネシア9・30クーデターの謎を解く』(草思社)『独裁はなぜなくならないか』(国土社)など多数。

千野境子

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