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.国際  投稿日:2016/7/10

親日国バングラデシュ・テロ 犠牲になった日本人(上)


千野境子(ジャーナリスト)

7月1日夜、バングラデシュの首都ダッカで起きたレストラン人質襲撃事件で、日本はイタリアの9人に次いで多い7人の痛ましい犠牲者を出した。国際協力を志す20代の女性から生涯を途上国の発展に捧げてきた80代の男性まで、惜しんで余りある非業の最期だった。

被害者の一人はイスラム過激派の襲撃犯に「私は日本人だ」と叫んだという。「だから撃たないで」、「敵ではありません」と咄嗟に出た言葉ではなかったかと想像する。その気持ちを思うと一層痛ましいが、「ああ、やっぱり言ってしまったのか」というのも、その報に接した瞬間の偽らざる気持ちだった。

もちろん今回、犯人たちは外国人を最初から標的にし、交渉の余地はなかったので、日本人を名乗ろうが名乗るまいが関係なかったかもしれない。ただ今や「日本人だ」と叫ぶことが、残念なことだが、本人の思いとは逆に、かえって身を危険にさらすのにも等しい時代と状況になっており、私たち日本人はそのことをしっかり頭に入れて行動しなければならない。つまり「日本人だから安全」というより「日本人だから危険かもしれない」という想像力が、少なくとも必要な時代を生きているのである。

今回の事件で私が思い出したのは、1991年7月12日に南米ペルーで起きた反政府左翼ゲリラ、センデロ・ルミノソ(SL)によるJICA(国際協力事業団=当時)専門家殺害事件だった。奇しくも今回の7人もJICA(国際協力機構)から委託を受け派遣された専門家たちだ。

当時のペルーは日系フジモリ大統領が誕生して約1年。フジモリ政権は、相次ぐ爆弾テロ事件などで人々を恐怖に陥れていたSLとトゥパク・アマル革命運動(MRTA)との対決姿勢を鮮明にし、わずかながらも効果が見え始めていた時期だった。しかし事件はまさにその虚を突くような形で起きた。首都リマ北方約50キロのワラルにある日本の無償資金協力で作られた野菜生産技術センターをSL部隊が襲撃、この時も日本人3人を殺害すると引き上げ、ペルー人作業員たちは無事だった。

フジモリ政権1周年の事前取材をちょうど終え、ニューヨークに戻って数日後に起きた事件。私は再びリマへ戻った。「1周年を前にペルーの治安情勢は好転」などという楽観的印象に思い切り冷水を浴びせられた気がした。

リマで左翼ゲリラの研究家に取材した際の彼の言葉が今も忘れられない。

「日本の無防備には驚きを禁じ得ない。ワラルはSLの勢力が及んでいる場所ではない。しかしだからと言って安全というわけではない。ガードマンだけの手薄な警備でSLの侵入を易々と許してしまった。彼らは現場の下調べをしていたが、それにも気づいていない。日系フジモリ政権だからこそ、逆に日本人が狙われる可能性が高まっていることを用心すべきだった」

今回の7人もそしてペルーの3人も皆、その国の発展や人々の生活向上のために献身的に働いてきた人々である。バングラデシュやペルーなど当該政府、そして多くの人々がそのことに感謝していることは間違いない。しかし反政府ゲリラや過激派にはそれこそが不都合であり、自分たちの野望を阻む邪魔者たちとして憎悪の対象になる。バングラデシュのためになっているからこそ、標的になりうる危険が増してしまうのである。

テロでは何も解決しない。しかし足を引っ張ることは出来るし、恐怖に陥れるのが彼らの狙いでもある。例えばペルーの場合、事件の結果、日本は専門家、青年海外協力隊員、無償資金協力関係者などすべての日本人を帰国させ、せっかく行おうとしていた経済支援は滞り、派遣再開までには長い年月を要した。結果的に日秘関係も大きな打撃を受けたのである。ワラルの事件から1年後に逮捕されたSLの創始者グスマンは「日本帝国主義の侵略への強烈な打撃となった」と同事件を誇っていたという。

バングラデシュの場合、今回の事件がどのような影響を及ぼすか正確なところはまだ分からない。しかしイスラム過激派のテロに慄き、経済協力や国際協力から身を引いてしまうことは彼らの思うつぼだし、道半ばで命を奪われた7人が望んでいることでもあるまい。それに日本が日本の中に閉じこもって生きていくことができる時代ではない。では日本人はテロにどのように対処したらよいのだろうか。

に続く。全2回)

 

 

 


この記事を書いた人
千野境子ジャーナリスト

横浜市出身。早稲田大学卒業。産経新聞でマニラ特派員、ニューヨーク、シンガポール各支局長の他、外信部長と論説委員長を務めた。一連の東南アジア報道でボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『インドネシア9・30クーデターの謎を解く』(草思社)『独裁はなぜなくならないか』(国土社)など多数。

千野境子

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