[藤田正美]尖閣諸島で日本から譲歩を勝ち取ろうとする中国の決意
Japan In-Depth副編集長(国際・外交担当)
藤田正美(ジャーナリスト)
執筆記事|プロフィール|Website|Twitter|Facebook
昨年9月に時の総理、野田首相が尖閣列島の国有化を宣言して以来、日中関係は冷え込んだままだ。首相官邸が、東京都が所有するより、国有化したほうが中国を刺激しないはずだ、と考えたのは大きな判断ミスだった。中国はその機をとらえて、日中の間に「領土問題」が存在することを認めさせようと躍起になっている。
もっとも民主党政権にすべての責任を負わせるのは公平を欠く。中国がさまざまな日中関係を犠牲にしてまで尖閣にこだわるのは、中国側の事情もあるからだ。
著しい経済成長が、さまざまな変化を中国にもたらしている。最も顕著な変化は、もはや中国は資源を自給できる国ではなくなったということだ。たとえば原油の輸入を見ると、中国はすでにアメリカに次ぐ世界第2位の輸入国となっている。石炭や鉄鉱石、銅、ニッケル、アルミニウムなどの資源では、世界最大の輸入国だ。
そして死活的に重要なこうした資源のほとんどは海を渡ってくる。たとえば石油の8割はタンカーで運ばれる。また年間7億トンを超える輸入鉄鉱石もかなりの部分が海を渡ってくる。簡単に言ってしまえば、中国は「大陸国家」から「海洋国家」に変わったということになる。かつて人民解放軍海軍の司令官は「中国の利権を守るために海軍を強化する」と語った。それは航空母艦の建造を決めたときだった。
中国が死活的に重要とする海は、まず南シナ海だ。だからこそフィリピンやベトナムなどとの領有権紛争がある。南シナ海の大部分を領海とするような主張をして、自分たちのシーレーンを守ろうとする。東シナ海において日本との間に尖閣をめぐる争いが起きたのは、ちょうどこんな時期である。もしここで日本との紛争から手を引けば、間違いなくフィリピンやベトナムから「弱腰」と見られるだろうし、南シナ海での権益を失うことにもつながりかねない。だから尖閣問題で中国側から譲歩する可能性は極めて低いと考える(ちなみに戦前の日本も、南シナ海が死活的に重要だと考えていた。だからインドシナ半島やフィリピン、インドネシアを押さえた。現在の日本にとっても南シナ海の重要性は変わらないが、米軍の存在があるから日本はシーレーンについて突っ込んだ議論をせずにすんできたと思う)。
さらに中国は、南シナ海だけに頼る形を避けようともしている。その一つが中央アジアへの接近であり、もう一つがミャンマー経由でインド洋にアクセスすることだ。中央アジアは、石油やガスが豊富だ。そこからはパイプラインを通してヨーロッパにも送られている。中央アジア諸国にしてみれば、東の中国にも売れるということは、売り先の多様化という点でも望ましい。中国にとっては、アフリカや中東といったエネルギーの輸入先が、中央アジアという国境を接している国にも多様化できることはエネルギー安全保障上、重要なことである。もちろんロシアからの輸入も国境を接しているが、中国とロシアの間には微妙な緊張関係もある(さらに言えば、ロシアは中央アジアに中国が影響力を強めることに強い警戒心を抱いている)。
中央アジアからパイプラインを通す場合、新疆ウイグル自治区を通ることが一つのハードルだ。ここでは4年前の2009年6月に漢族とウイグル人の衝突があり、さらにその事件に抗議して3000人のウイグル人と武装警察が衝突した。これによる死亡者は中国政府の発表で192人、しかしウイグル人側は3000人としている。真実がどこにあれ、いまだに安定した地域とは言い難いのは確かだ。
中国は日本と違って、まだまだ経済成長力がある。遠からずGDP(国内総生産)でアメリカを抜くだろう。IMF(国際通貨基金)は、購買力平価で見ると、2016年にはアメリカを抜くと予想した。それを前提にすると、南シナ海を通って中国に流れ込む資源の量は増えるばかりだ。そうであればあるほど、中国はますますシーレーン防衛に熱心になるはずだ。シーレーンを防衛しようとすれば、その外側に防衛線を設けなければならない。そうなると東シナ海で中国にふたをするように存在する日本の領海が邪魔になる。その中心が尖閣諸島だ。その意味で、尖閣諸島で日本から譲歩を勝ち取ろうとする中国の決意を甘く見積もることだけは避けなければならない。