自由の女神像返還論争「欧か、米か」の時代の予感 その1
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・トランプ政権の誕生以降、米国とEUや英国との間に亀裂が生じはじめている。
・仏EU議会グリュックスマン議員、米国に対する自由の女神像返還を訴求。
・ホワイトハウスのリーヴィット報道官は「偉大なわが国に感謝すべきだとフランス人に思い出させるべきだ」と断言。
もう何年前の話になるのか、
「欧米か!」というギャグで人気を博したお笑いコンビがいた。現在も活躍中だが、その手のネタを披露する番組が激減してしまい、今やTVで見ることはほとんどない。私は上記のネタが人気を博する以前から、欧米というように毎度一括りで語るのは考えものだと、幾度も開陳してきた。今さらだが、国情とか国民性といったものが大いに異なるからである。
とりわけ、米国でトランプ政権が誕生して以降、米国とEUや英国との間には、亀裂が生じはじめているように見受けられる。
象徴的な例として、フランスのEU議会議員であるラファエル・グリュックスマン氏が、所属する政党(小規模な中道左派政党とだけ伝えられている)の集会において、「米国に自由の女神像の返還を求めるべき」と呼びかけたことが挙げられる。3月16日付の各紙が報じた。
自由の女神像はニューヨーク港の玄関口とも言える位置にある、リバティ島に立つ。像としての正式名称は「Liberty enlightening the world 世界を照らす自由」で、おそらく世界で最も有名な銅像のひとつであろう。1984年には世界遺産に登録された。
ローマ神話の自由の女神リベルタスをかたどったもので、ブロンズ製だが、全体が緑青に覆われてしまっており、緑色に見える。全高(台座から頭上に掲げているトーチの頂点まで)約93メートル、総重量225トン。完成したのは1886年で、アメリカ合衆国(以下、米国)の独立100周年を記念して、フランスから寄贈された。
観光用サイトなどでは、独立運動を支援したフランスの有志が寄付を募って……といった説明がなされているが、実際のところは、フランスのフリーメイソンから合衆国のメイソンに贈られたもので、台座の名盤にはその事実が明記されている。フリーメイソンについては、本連載でもシリーズ(その1はこちら)で取り上げたことがあるが、アメリカ独立戦争(1775~1783年)やフランス市民革命(1789~1799年)には、立役者と呼ぶべき多くの人材を輩出した経緯があり、世界中のメイソンの中でも、とくに関係が密であったらしい。
そのような自由の女神像だが、どうして今頃になってフランスの政治家が、返還を要求するなどと言い出したのか。 そもそも論から言うと、米政府が返還に応じる可能性などないし、くだんの政治家自身、現実味のある話だとは思っていないだろう。スピーチの映像も見たが、明らかに支持者のウケを狙ったパフォーマンスであった。
問題は、自由の女神像の返還を求める理由だが、ロシアによるウクライナ侵攻に関する対応など、現在のトランプ政権の行き方が、この像が象徴する理念とはかけ離れたものになっている、ということらしい。
まず、台座の上にあるので下から見えにくいが、女神像の足下には引きちぎられた足かせと鎖が置かれている。読者ご賢察の通り、あらゆる抑圧と圧政からの解放を象徴している。頭上の冠には7本の突起があるが、これには7つの海と大陸、すなわち世界の隅々にまで自由と平等の理念を広げる、との思いが込められている。さらには右手に掲げたトーチ(松明)だが、これは世界中から新大陸にやって来た人たちの自由と希望を象徴したもので、前述のようにブロンズ製の像だが、この火の部分だけは黄金色に輝いている。設計当初は、本物の灯台にする計画もあったが、諸般の事情で見送られたと聞く。
いずれにせよ現在のトランプ政権の姿勢は、多様性の価値観を否定するなど、非寛容さが目立つことは否めない。対外的にも「アメリカ・ファースト」の美名のもとに、小国や被抑圧民族のことなど顧みる気配すらない。とりわけロシア:ウクライナ間の停戦交渉においては、プーチンの顔を立ててやれば丸く収まる、と言わんばかりで、これをフランス人の目から見れば「暴君の側に寝返った」と言いたくなるのも、一応もっともだと考えられる。そうではあるのだけれど、そのような政治姿勢を支持する米国の有権者が多いこともまた事実で、本誌でも既報の通り、世に言うトランプ関税のせいで経済混乱を招いたにも関わらず、支持率は「高止まり」の様相を見せている。
話を戻して、くだんの返還要求に対する米国側の反応だが、返還を要求する演説が世界に発信された翌日(=17日)、ホワイトハウスのキャロライン・リーヴィット報道官は、報道陣を前に、こう言い放った。「(返還要求をした)無名のフランス下級政治家への私からの助言は、フランス人が今ドイツ語を話ささないのは、まさに米国のおかげであり、偉大なわが国に感謝すべきだとフランス人に思い出させるべきだ、ということです」
個人的な感想ながら、フランス人の「上から目線の嫌み」もたいがいだが、アメリカ人のこの言い草にも辟易させられた。リーヴィット報道官の発言は、第二次世界大戦でドイツの占領下に置かれたフランスを解放したのは、米軍を中心とする連合軍の支援があって初めて実現した、という趣旨なのであろうが、多少は戦史を勉強した者として言わせていただければ、これは議論のすり替えに過ぎない。仮に米国が(たとえば太平洋戦線のミッドウェー海戦で敗北するなどして)、ヨーロッパの戦争に関心を持てなくなったとしたら、どうなっていたか。その場合、ナチス・ドイツが敗北するとしたら、もっぱらソ連邦の力によるもので、とどのつまり「フランス人がドイツ語を話す」のではなく、ドイツ人もフランス人もロシア語を話すようになっていた、ということであろう。
現在のトランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」にはらまれる危険性もこれと同様で、「欧と米」の対立が深まれば、ロシアのプーチン政権を利するだけの話である。この自由の女神像をめぐる論争などは、我々日本人にとっては、まあ対岸の火事だと言えないこともない。
しかし、ヨーロッパのNATO加盟国が米国との同盟関係に懐疑的になりつつあるという問題は、わが国の国防や外交にも、大きく影響しかねない。
次回は、その話を。
(その2につづく)
トップ写真)自由の女神像 (アメリカ ニューヨーク)
出典)Photo by Tzido /Getty Images