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.国際  投稿日:2025/3/26

トランプ政権、安保機密漏洩事件:フーシー派攻撃計画が「シグナル」で筒抜け


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#12

 2025年3月24-30日

【まとめ】

・米軍によるイエメン親イラン武装組織フーシー派への武力攻撃が外部に漏洩していた。

・筆者はウクライナ停戦に関し、プーチンは「完全な停戦」など考えていないと予測。

・ウクライナとガザでの停戦努力が実を結ぶ可能性は期待に反し遠のいている。

 

 

またまた今週も、およそ安保問題のプロには信じ難いニュースがトランプ・ホワイトハウスから飛び込んできた。3月15日に始まった米軍によるイエメン親イラン武装組織フーシー派への武力攻撃が「事前に外部に漏洩」していた、というのだ。普段は使わない表現だが、筆者も思わず、「マジかよ?」と呟いてしまった。

 

先週は「トランプ政権は必ず『何か』をしでかしてくれる。初めは面白かったが、もういい加減疲れてしまった。・・・一喜一憂するのはバカバカしく、時間の無駄だと思うようになった」と書いたが、今回はそれで済まされない。本当に辛かった。まさかトランプ政権高官があの「シグナル」という無料アプリで戦争計画の詳細を議論するとは・・・。

 

しかも、このスキャンダルが露見した理由が恐ろしい。何と「国防長官や副大統領ら米政府幹部の『グループチャット』に、米誌アトランティック編集長のジャーナリストが『誤って(?)』加えられ」、24日に同編集長がその全貌を記事にしたからだ。何たる失態か、およそ安保のプロらしからぬ行動であり、正直、心底がっかりした。

 

グループチャットの主宰者はウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官らしい。この原稿を書く傍から、CNNが勝ち誇ったかのようにトランプ政権の失態を論う中、トランプ氏以下政権関係者は「ダンマリ」を決め込んでいる。さて、この事件を「上書き」するため、トランプ氏が次に何を仕掛けてくるか、興味津々である。

 

ちなみに、「シグナル」アプリそのものに問題はない。筆者だって米国の友人と比較的機微な会話をする時は「シグナル」を使う。無料ながら暗号化能力がかなり(但し、あくまで限定的に)高いと評判の「知る人ぞ知る」アプリで結構重宝しているが、まさかこのアプリを使って米政府関係者が最高機密の議論をするとは思わなかった。

 

報道によれば、グループチャットの題名は「フーシーPC小グループ」だそうだ。国防長官は15日の対フーシー派攻撃の2時間前に武器や標的、タイミングなどの詳細を送信し、参加者全員でかなり機微な議論を交わしてる。件のジャーナリストでなくとも、誰だって当初は「まさか本物とは思わなかった」だろう・・・。

 

 

 この阿保らしい大失態の影に隠れてしまったが、先週のウクライナ停戦に関する米露首脳電話会談について一言。先週は「これで全てが決まるとは到底思えないが、停戦までの方向性は見えてくるだろう」と書いた。確かにウクライナの譲歩で「停戦までの方向性」は見えたが、流石はプーチン、米大統領を完全に手玉に取っている。

 

 恐らくプーチンは「完全な停戦」など考えていないのだろう。対する米側は「プーチンには全欧州に対する野心がない」「プーチンを信頼する」などと嘯くばかり。筆者には昔ヒトラーに譲歩し続けたチェンバレン英首相の「宥和政策」と同じ轍を踏む可能性すら見えてきた。仮に「停戦」に合意しても、プーチンはウクライナ戦争を続けるだろう。

 

 

続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

 

3月25日 火曜日 ブラジル最高裁、ボルソナロ前大統領のクーデター容疑裁判の可能性につき公聴会を実施

 欧州評議会議長と欧州委員会委員長、セルビア大統領と会談

 ベラルーシ大統領、7期目

 

3月26日 水曜日 ロシア外相、キューバ国会議長と会談(モスクワ)

 

3月27日 木曜日 米副大統領夫人一行、グリーンランド訪問

 ブラジル大統領、訪日日程終了、ベトナム訪問

 

3月28日 金曜日 中国国家主席、バングラデシュ暫定政府首席補佐官と会談

 仏大統領、レバノン大統領と会談(パリ)

 

 

最後にガザ・中東情勢について一言。先々週は「このまま『第一段階』の事実上の延長がダラダラ続くのではないか。要するに問題解決に向けた動きはない」と書いたが、あれから2週間経ち、どうやら今やその「第一段階」の成果すら失われ、事実上イスラエルとハマース間の本格戦闘が再開されてしまったようだ。

 

うーん、残念!だが、別に驚くことではない。先日産経新聞のコラムに「強硬派のパラダイス」が再び始まったと書いたが、今やイスラエルとハマース・イランの強硬派たちは相互に「統治の正統性」を証明するため、意図的に強硬姿勢を続けているように見える。これ以外に、双方のリーダーが政治的に生き残る道がないからだろう。

 

では一体どちらが悪いのか。従来の報道では「第2段階」では人質の更なる交換とイスラエル軍の完全撤退が合意されていたというが、最近はイスラエル側が「ハマースのガザ撤退」を求めているとの報道も見られるようになった。交渉の詳細は知らないのでいい加減なことは言えないが、「ハマース退場」は新しい要素ではないか。

 

なぜイスラエル側は新しい要求を持ち出してきたのか?それはトランプ政権がイスラエルの強硬策に「反対しない」ことを確信しているからだ。されば、それが分かっているハマースが更なる「人質解放」、ましては「ガザ撤退」に応じる筈はない。これも美しい「強硬派のパラダイス」での共存共栄である。

 

要するに、トランプ政権のウクライナとガザでの停戦努力が実を結ぶ可能性は、期待に反し、むしろ遠のいている、ということ。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

 

トップ写真)米軍の空爆を受けたイエメンの首都 2025年3月24日 イエメン・サヌア

出典)Mohammed Hamoud/Getty Images




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