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.国際  投稿日:2016/11/18

目指せアジア人女性の地位確立 女優 倉本暖さん NYの日本人女性シリーズ その1


井上麻衣子(ジャーナリスト/ビデオグラファー/ストリート・フォトグラファー)

「井上麻衣子のNYエクスプレス」

衝撃のトランプ氏勝利から数日たった今も多くのニューヨーカーたちが、驚きと怒りの中で生きている。ソーシャルメディアに怒りをぶちまけ、路上に繰り出しデモを行っても、現実は変えられない。知り合いの日本人女性たちの今の気持ちは「怖い」である。前々から薄々感じてはいたアメリカの人種差別と階級社会。しかしそれを恥じ、自由と平等の国を目指すのがアメリカだと思って安心していたら突然方向転換したのだから「怖い」と感じるのは当然である。

アメリカで、超マイノリティーである日本人女性は、今後この国がどう変化していくのか、的確に情勢を読みながら身の振り方を考えていく必要がある。ニューヨークで活躍する日本人女性たちとともに考えていきたい。

第1回目は女優の卵、倉本暖(くらもと・のん)さん21歳。

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マンハッタンでスタンドアップ・コメディー(1人漫談)をする日本人女性がいる、という珍しい噂を聞きつけ、向かったのはハーレムのライブハウス。あのエディー・マーフィーが出演していたという、老舗である。 登場したのは計12人の男女たち。トリを務めたのが、この日、唯一のアジア人女性、倉本暖さんだった。黒ぶち眼鏡に、2つにわけて結んだ髪、ジーンズにTシャツ姿。恋愛や、学生生活のトラブルなど自虐ネタを完璧にネイティブな英語で繰り出し、観客から笑いを取る姿からは、これまでに見たことのない 「新種の日本人」が発するエネルギーを感じた。 舞台後、声をかけてみると、日本語も英語同様に完璧なネイティブである。その訳は、ちょっと変わった幼少期にあった。

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インタースクールと親子留学で身につけた英語力

「私以外、家族は誰もまったく英語ができないんです。アメリカには縁もゆかりもなかったし。でも母は 絶対自分の子どもには完璧な英語を話させて、国際的に活躍させたいと思っていたので、私を1歳半から東京でインターナショナルスクールに入れたんです」。これからは日本語同様に、英語も第一言語のレベルで話せることが大事だと考えたという母の決断。暖さんは、そんな母が用意してくれた国際的環境にたちまち馴染み、小中学校時代は母とともにアメリカに親子留学。高校から日本に戻ったときには、英語も日本語も完璧なネイティブレベルだった。 「 母の決断のおかげだと本当に感謝しました」と語る暖さん。しかし、その後、暖さんは、母が願っていたキャリアとは、別の道を歩むことになる。

目指せ!女優

暖さんには、幼いときからある夢があった。「小さい頃から学校で演劇にはまっていて、いつか職業として舞台に立ちたい、女優になりたいと思っていたんです。でも、両親からは反対されていました。特に日本の芸能界をよく知る父からは、演技より可愛さが重視され、プロダクションの力が物を言う日本の芸能界ではやっていけないと諭されました」暖さんの父は日本のバラエティー番組で大活躍する放送作家である。そんな父から反対された暖さんは、アメリカでMBAを取りビジネスの世界でキャリアを積むことを考える。しかし、ボストンの大学から合格通知を受け取ったとき、「今が最後のチャンス」と感じ、急遽経営学から演劇に学部を変更することを両親に宣言した。「両親は私があまりに真剣だったので、ここで今挑戦させないと、後悔することになると思ったみたいで、学部の変更を許可してくれました」。大学では水を得た魚のように、演劇を学んだ暖さんだが…その前には、大きな「人種」の壁がはだかっていた。

「アジア人女性の役がない!」

大学で演劇を学び、 女優としての活動を開始しようと思った暖さんだが、 そもそもアジア人女性の役というものが極端に少なく、芸者や愛人のような役しか存在していなかった。「アジア人女性は確かに割合は少ないですけど、確かにここにいるんですよ。それなのに、役がないっておかしいですよね」。実際、全米人口の10%を超すヒスパニック層や黒人層に比べ、アジア系は3%と数は少ないが、ニューヨークやロサンゼルスにアジア人女性はたくさんいる。「黒人女性もヒスパニック系女性もいろんなドラマやバラエティー番組に出ています。白人ばっかりの番組を作っていると、差別だとして大問題になるからです。でも、アジア人はそれほど騒がないから、いつも地味に差別されていて、いつも地味にその事実が無視され続けていると思うんです」

同じアジア系の中でも、インド系の役者たちは今、次々とエンタメ界を席巻しているが、それでも、たくさんの差別に苦しんできたと語るのは、 インド出身の女優として昨年初めてアメリカのテレビドラマシリーズで主役を果たした、プリヤンカ・チョプラである。「スペイン人女優のペネロペ・クルスとか、イタリア人女優のソフィア・ローレンとは誰も言わないでしょ。なぜ私の場合だけ出身国で定義しようとするのかしら?」(INQUISITR

ヨーロッパの国から来た女優であれば、外国人であることを強調することはあまりないのにも関わらず、アジア人の場合、アジア人という形容詞がいつまでもついてまわるところに現前たるアジア蔑視があるというのだ。

そんな状況を、人々が毎日目にするエンタテイメント界から変えて行きたいという暖さん。まずは、役がないなら自分で作ろうと、自ら舞台の脚本を書き始めた。しかしなかなか筆が進まない。試しに書いてみると次々アイデアが浮かんできたのが、以前、学校の授業で書いて周囲からほめられたスタンドアップ・コメディーの台本だった。

現在は、テレビ局でインターンをしつつ、週3回はマンハッタンにある様々なライブハウスに出演、観客を前に腕を磨いている。ネタはすべて最近自分に起きた事件がベース。「不幸な出来事が起きても、お、これはネタに出来ると思ってワクワクする」という。見せてもらったネタ帳には、マンハッタンの地下鉄列車内で2日連続痴漢にあったことが書かれていた。これもトランプ氏の話題とかけて、コントにする予定だという。

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「トランプ氏勝利で学んだこと 」

そんなたくましい彼女だが、トランプ氏の大統領選出で受けた衝撃は大きかった。「 彼と同様の信念を持つ人々がより生きやすく、堂々と差別ができる世の中になってしまうかもしれないことを心配しています。でもこの結果を機会に、世の中の現状に対し目を覚まし、マイノリティー同士、女性同士、LGBTQ+同士、他社会的弱者同士が力を合わせ共に強くなれるかもしれません。そのためにも弱いものに声を与え、人間であることはどういうことかを訴える力を持つアートがより一層必要な世の中になると思います」。そして、ニューヨークで日本人女性が生きて行くために必要なのは、「おとなしくしないこと」。「空気にならないよう」主張することが大事だという暖さんの「壮大な夢」はアジア人女性初のアカデミー賞主演女優賞受賞。将来が楽しみな21歳だ。

トップ画像:©井上麻衣子

文中画像すべて:ⓒ Non Kuramoto @sleepdeprivationisahellofadrug (Instagram)


この記事を書いた人
井上麻衣子ジャーナリスト/ビデオグラファー/ストリート・フォトグラファー

在米ジャーナリスト/ディレクター

コロンビア大学大学院修士課程 Master of Public Administration修了

井上麻衣子

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