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.国際  投稿日:2021/4/10

黒人差別とアジア系への暴力


井上麻衣子(ジャーナリスト)

【まとめ】

・黒人vsアジア系の対立問題と、その団結を阻む白人至上主義。

・「モデルマイノリティ」が有色人種間の差別や暴力を生む要因に。

・声をあげ始めたアジア系。黒人とアジア系の団結呼びかける動きも。

 

アジア系に対するヘイトクライムが急増しているアメリカ。 各地で被害者への追悼や抗議が行われ、バイデン大統領が被害者への支援金増加や監視強化などを盛り込んだ政策を発表している。

これまで、アメリカの人種問題と言えば、白人vs黒人間の闘争を、おとなしいアジア系が一歩引いて傍観してきた感がある。しかし今回のヘイトクライムをきっかけに、今後は大きく変わっていく可能性が高い。しかし、そこに立ちはだかるアジア系vs 黒人間の問題と、その団結を阻む白人至上主義について考えたい。

1.根強いアジア系差別と、黒人との対立

コロナ禍とトランプ前大統領の煽動により一気に拡大したアジア系差別だが、歴史を紐解けば、1882年にアジア系移民がアメリカ市民になることを禁じた中国人排斥法や、1942年の日系人強制収用など、アジア系差別は常にそこにあった。しかし、同じ差別される身であっても、常に自由と平等を求めて団結し、戦ってきた黒人層とは違い、アジア系は声をあげることが少なかった。

抗議よりも、アメリカの社会に同調し溶け込んでいくことを目指したアジア系移民を襲ったのが、1992年のロサンゼルス暴動だ。白人警官による黒人男性への過剰な暴力がきっかけとなった暴動だが、当時、移住してきたばかりの韓国系移民たちが次々とビジネスを拡大する一方で、貧困に苦しんでいた黒人層との対立を巻き込み、結果的には韓国系移民たちの店が暴動のターゲットとなり大きな被害を受けた。

当時の韓国系移民たちは、 貧困エリアでの開拓しか許されず、黒人同様に、白人社会から差別を受けていたにもかかわらず、互いに敵対するという構図が生まれてしまった。

▲写真 ロサンゼルス暴動(1992年4月29日) 出典:Steve Grayson/WireImage/Gettyimages

2.ヘイトクライム急増に重なる犯罪増加

ブラックライブズ・マター vs ヘイトクライム

そんな過去の対立を思い起こさせるのが、昨今のアジア系へのヘイトクライムである。

ヘイトクライムといえば、白人至上主義者による、有色人種への犯罪が多いと言われてきたが、例えば、ニューヨーク市で起きているアジア系へのヘイトクライムは、白人よりも黒人によるものが圧倒的に多い

▲写真 アジア系への暴行容疑者のビデオを公開するNYPD(2021年3月25日) 出典:Michael M. Santiago/Getty Images

コロナ禍以降、急速に進んだニューヨーク市の治安悪化には、今年度、約10億ドルがニューヨーク市警の予算からカットされたことが大きな影響を及ぼしている。ニューヨークだけでなく、ロサンゼルス、ミネアポリスなど全米の各地で予算カットに続く、治安悪化が起きている。

全米でこの警察予算の縮小が広がったきっかけは、昨年5月ミネソタ州で、黒人男性が白人警官に不要に抑え付けられたことにより後に死亡した事件である。

警官の黒人犯罪者に対する過剰な暴力行為を非難するブラック・ライブズ・マター運動が広がり、白人警官の横暴に苦しんだ黒人層と、それを支援する人々が、警察の行き過ぎた力を市民の手に戻すために望んだ改革だ。しかし、結果として治安が悪化。そして黒人層によるアジア系へのヘイトクライムが増えるという、悪循環が起きている。

VOXニュース(*3月15日)では、「アジア系アメリカ人は、昨今の攻撃に対する正しい答えは警察なのか思案する」と題した記事で、「チャイナタウンなど、アジア系へのヘイトクライムに怯える人々の間でも、警察を増強するべきだという声と、警察ではなく、民間の護衛や市民によるパトロールにするべきだという声など意見は分かれる」としている。安易に警察の増強を望むことは、警察力減少を訴えてきた黒人層やそれを支援する層を否定することになり、さらなる対立を生みかねないことを思案しているのだ。

▲写真 黒人犠牲者の名前が書かれたマスクを着けて会見に臨む大阪なおみ選手:2020 USオープンの11日目女子シングルス準決勝戦後(2020年9月10日) 出典:Al Bello/Getty Images

3.モデルマイノリィ神話が生み出す黒人vsアジア系の対立

黒人層とアジア系の間に対立を生み出してきた大きな要因にモデルマイノリティという言葉がある。1966年にニューヨークタイムズ誌に社会学者のウィリアム・ピーターソンが「サクセス・ストーリー 日系アメリカ人のスタイル」と題し、「日系アメリカ人は、その家族のあり方や、勤勉に重きを置いた文化により、差別を克服しアメリカで 成功を収めた」と書いたところから始まったと言われる。現在ではアジア系全体に使われており、従順で、差別に声高に抗議するよりも、努力して成功する、まさにモデルとすべきマイノリティであるという、一見褒め言葉に聞こえる呼称だ。

しかし、これは、アジア系以外のマイノリティを貶めることにつながり、対立を生み出すことは必須である。 同じマイノリティでも、この国に来た経緯や、被害の度合いは様々であり、一様には語ることはできない。

サンディエゴ・ユニオン・トリビューン紙のオピニオン欄(*3月26日)では「モデルマイノリティ神話はいかにアジア系とそれ以外の有色人種を損なうか」と題し「アジア人と黒人は、白人が他者を排斥するために作り上げたシステムにより、敵対するよう仕向けられている。モデルマイノリティのようなコンセプトは、褒め言葉のように見せかけて、人種差別や、それに起因する暴力を生む」と批判している。

4.ハーバード大学入学選考で比較される黒人とアジア系

従順に、白人が率いる社会に同調することを目指してきたアジア系も、最近では、差別に対し、声を上げるようになってきている。ハーバード大学がアジア系学生の入学を制限するのは差別だとし、2014年、集団で訴訟を起こしたのだ。連邦控訴裁判所は、人種を考慮に入れた選考は適切としてハーバード大学が勝訴している。多様性のある大学にするためには、教育の機会を奪われがちな黒人層は優先的に入学が認められることがある一方、アジア系は成績が良くとも、大学全体での人種の割合を考慮して、入学を認められない場合があるというわけだ。しかし、10月に最高裁まで進む可能性は残されており、アジア系だけの問題ではなくなってきた。

▲写真 ハーバード大学 出典:Brooks Kraft LLC/Corbis via Getty Images

VOXニュース(*3月2日)では、「最高裁の判断はアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)を終了させるか、を解説」と題し、「ハーバード大の入学選考に対する訴えが、現在6−3の割合で保守派の最高裁に進めば、人種を考慮した選考が終わる可能性がある」とし、アジア系の訴えが認められれば、これまで黒人層が努力の末に勝ち取ってきた、環境に恵まれない黒人層が高等教育の場を優先的に得るという特権が奪われる可能性を懸念している。

多くのメディアが、入試に人種を考慮するなという訴えを認めるならば、黒人層を優先的に入学させるという人種考慮もなくなる、と問題を黒人間とアジア人の問題と取り上げている。しかし実際には、黒人層が優先的に入学を認められ、アジア系が高い教育水準によって名門大学を占拠する中、白人層が自らの地位を守ろうとしているという批判もある。

アジア系に対するヘイトクライムがあぶりだしたアジア系差別問題は、黒人差別問題、白人至上主義と複雑に絡み合っている。これまでは声を上げることが少ないと言われたアジア系だが、アメリカで生まれ、教育を受けた世代は、今後積極的に発言し、自由と平等の国で正当に得られるはずの権利を主張していくだろう。差別される人種同士が争うのではなく、価値観を共有し、白人至上主義が生み出した差別主義を超越するために、黒人とアジア系の団結を呼びかける人々も多数出てきている。次世代の若者が安心して暮らせる未来を望む。

トップ写真:アジア系への差別反対を訴える人々 クイーンズ-ニューヨーク 2021年3月27日 出典:Emaz/VIEWpress




この記事を書いた人
井上麻衣子ジャーナリスト/ビデオグラファー/ストリート・フォトグラファー

在米ジャーナリスト/ディレクター

コロンビア大学大学院修士課程 Master of Public Administration修了

井上麻衣子

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