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.国際  投稿日:2018/5/30

米朝会談巡る朝日の印象操作報道


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

朝日新聞、トランプ氏米朝首脳会談に「再び前のめり」と報道。

・何が何でも会談を求めているのはトランプ氏、との印象操作。

・一部新聞の北朝鮮独裁や弾圧の政治体制を無視する報道姿勢に疑問。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40260で記事をお読みください。】

 

A氏がB氏に会合を求める。B氏がイエスと答える。だがA氏が会合前に注文をつける。B氏が会合は止めにしようという。A氏がいやなんとか会合をしてほしいとまた頼む。B氏がそれならと応じる。

さてこんな状況下で会合の開催に対してより前向きになっているのはA氏かB氏か。普通に考えれば、疑問の余地なくA氏だろう。なにしろ会合を先に求める要請を二度もしたのはA氏なのだから。

ところが朝日新聞の米朝首脳会談の関連報道ではこの順序が逆にされているのだ。会合を二度も求められて、応じた側のB氏が「前のめり」だというのだ。北朝鮮びいきのための印象操作なのか、アメリカ批判の偏向報道なのか、とにかく奇妙なのである。

朝日新聞5月28日朝刊の2面の記事だった。この記事の前文には以下の記述があった。

北朝鮮は会談実現に向けた『確固たる意志』を示し、トランプ米大統領は再び前のめりになっている(略)」

見出しにも「トランプ氏 再び前のめり」とあった。

同じ会談への態度として、金正恩朝鮮労働党委員長は「確固たる意志」を示しているのに対して、トランプ大統領は「前のめり」だというのだ。この記述ではトランプ大統領だけがただただきちんとした考えもなしに、あせるように首脳会談を求めている、という印象が浮かぶ。一方、金正恩委員長は同じ会談に「確固たる意志」をもってのぞむ、のだという。

ところが現実には「前のめり」は金委員長だという方が正確なのだ。なぜならこの米朝首脳会談はトランプ大統領はそもそも求めてはいなかった。金氏が韓国を通じて最初に求めてきたことに対しトランプ氏は受けて立ったのだ。

しかもトランプ氏は5月24日に米朝会談の中止を言明した。前のめりどころか後のめりという動きだった。しかし北朝鮮側がすぐその翌日に「いつでも、どんな方法でも」とまで述べて、会談の開催を要請してきたのだ。だが朝日新聞は「前のめり」などという自分たちが作った情緒的で意味不明の言葉で、首脳会談をなにがなんでも求めているのはトランプ大統領の方なのだという印象を与える報道ぶりなのである。

しかも北朝鮮側に対しては北朝鮮当局が発表した会談開催への「確固たる意志」という言葉をそのまま使っている。当局が使った公式用語をそのまま使うなら、その基準をアメリカ側に当てはめてしかるべきである。

朝日新聞の北朝鮮に対するこの種の奇妙な傾き報道をみると、ずっと以前にも朝日新聞が北朝鮮の独裁や弾圧の政治体制を無視して、「労働者の天国」とか「進歩的」「理想的」などと礼賛していたことを思い出す。日本在住の朝鮮系の人たちに北朝鮮への「帰国」を奨励していた時代である。もっともこのころの北朝鮮礼賛は朝日新聞だけに限らなかった。

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▲写真 在日朝鮮人の帰還事業 出典:日本政府「写真公報(1960年1月15日号)」

このあたりの日本の新聞の偏向を正面から指摘した書に「日本の韓国報道は信じられない」(エール出版1981年刊)というのがあった。著者は韓国大手紙の東京特派員経験もあるベテランのジャーナリストの 度珩氏である。李氏は日本の主要新聞のほとんどが北朝鮮の人権弾圧や好戦的な軍事挑発行動をとりあげず、あたかも民主的な国であるかのように描いているという批判を多数の実例をあげて、指摘していた。なかでも以下の趣旨の実例は的を射た、おもしろい批判だった。

「日本のある主要新聞は同じワラブキ屋根の農家を見て、以下のように書いた。『まだ貧しいワラブキ屋根の農家が残っていた』

『民族の遺産としてのワラブキ屋根の農家を大切に保存している』

上は韓国でのワラブキ屋根に対する記述、下が北朝鮮でのワラブキ屋根の記述だった」

つまり同じワラブキ屋根でも韓国では「貧しさの象徴」、北朝鮮では「民族の遺産」となってしまうのである。その背景にあるのは二重基準などという穏やかな言葉では表しきれない、徹底した差別であり、偏向だったといえる。そんな傾向は朝日新聞ではまだ消えていないのか。こんなことを思わされる「前のめり」と「確固たる意志」という両用語のコントラストだった。

 トップ画像/トランプ米大統領と北朝鮮金正恩書記長 出典:White HouseRepublic of Korea


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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