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.国際  投稿日:2014/11/1

[岩田太郎]【世界中注目、尊厳死宣言米国人女性】~決行延期は同じ病の男性の公開書簡が影響か~


岩田太郎(在米ジャーナリスト)「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
プロフィール

米オレゴン州は、不治の病に苦しむ人に「尊厳死」を法的に認めている5州のひとつだ。そこに、尊厳死を認めていない南隣のカリフォルニア州からブリタニー・メイナードさん(29)が、引っ越してきた。

彼女は、膠芽腫(こうがしゅ)と呼ばれる脳腫瘍を患っている。昨年末の結婚直後に耐えられない頭痛が続いたことで発覚した。運動麻痺や痙攣(けいれん)に加え、夫の名前さえ言えなくなる見当識の一時的低下があるという。このがんは浸潤性(転移する性質)が強く、予後(快復率)も極めて悪い。医師は4月、ブリタニーさんに余命半年以下の宣告をした。

ブリタニーさんは、その後、夫や友人とアラスカやイエローストーン国立公園などに旅行に出かけ、人生最後の楽しい思い出を作った。彼女は10月、メッセージビデオを公開し、いかに膠芽腫がつらい病気かを訴え、処方された安楽死ができる薬の容器を見せながら、「私は自宅で11月1日に尊厳死をします。私のことで、尊厳死が全米規模で認められるよう願います」と語った。このビデオは世界中で1千万回近く再生された。

この立場は政治的に「自己選択の権利」擁護派である。ブリタニーさんの動画に出演した母親も、「ひとり娘が自分らしく生きて、自分が選択するときに死ぬ」ことを支持している。

だが10月30日、ブリタニーさんはもう一本の動画を公開し、尊厳死の決行を延期する意向を明らかにした。「まだ私には(生きるために)充分な歓びがあり、まだ家族と笑ったり微笑んだりしている」ことが理由だという。

この尊厳死延期の決断には、同じ膠芽腫を患うジョー・ネイヤーさんが10月28日に、「死ぬ権利よりも大切なものがある」と、ブリタニーさんに公開書簡を送ったことが影響している可能性がある。ジョーさんは、「僕は余命14ヶ月と宣告されたのに、もう2年も生きている」として、ブリタニーさんにもっと生きることを勧めた。

彼は、「去年、人生最後だと思ってサンフランシスコの金門橋に出かけて、『これが最後の金門橋だ』と考えてみたが、その時におかしくなって笑ってしまった。だって、医者が間違っていて、また来られるかも知れないじゃないか」と述べ、飄々(ひょうひょう)とした文体で、こう呼びかけた。

「ブリタニーさん、僕たちは同じ病気だ。死の宣告は、とてつもなく怖い。だが、不治の病と言うけど、少数ではあるが直った人もいるんだぜ。死ぬことを怖れたら、今日を楽しく生きられないだろ。医者が何と言おうが、君はまだ生きているんだ」

「僕は、明日コロッと死んでしまうかも知れない。僕も尊厳死の権利については深く考えた。だが、自分に与えられた運命を受け入れて生きることもできる。そう考えたら、前向きになれたよ」

ブリタニーさんは余命宣告以来、ストレス過食で太ってしまい、以前の美しい容貌が失われたことがつらいと、最新の動画で切々と語る。病状の進行で一日に2回も痙攣が起こり、夫の名前も思い出せない状態になる苦しさを訴える。「私が死んだら、夫は再婚して、かわいい子供を新しい奥さんと作ってほしい」と話す部分は、涙なしには見られない。

人生は与えられた運命をまっとうする定めなのか、個人の選択なのか。ジョーさんのメッセージは、説教や政治的権利ではなく、死の病をくぐり抜けてきた悟りから語られている。ブリタニーさんが、これを読んだ可能性は高いだろう。

彼女は自分の選択を手放したわけではない。もし人生が耐えられないものになれば、その時点で尊厳死の決行を選ぶとしている。これからどのような選択をするにせよ、ブリタニーさんを通して、多くの人が死と表裏の“いのち”について、深く考えるようになったことは間違いない。

 

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