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スポーツ  投稿日:2014/11/5

[瀬尾温知]【秀でたスポーツアナ不毛の時代】~煽るばかりの実況では伝わらないものがある~


瀬尾温知(スポーツライター)

「瀬尾温知のMais um・マイズゥン」(ポルトガル語でOne moreという意味)

執筆記事プロフィール

読むのが上手な女の子だった。会話文では感情を入れながら、それでいて自身の感情は抑制して、小学校の国語の授業で彼女は教科書を読んでいた。文間に訪れる無音に慌てることなく、起立した姿勢そのままに堂々としていた。そんな彼女を覚えている。というよりも、彼女の間合いが教室を支配していたことが記憶にある。同級生に一人や二人はそんな子がいたのではなかろうか。

読み聞かせるのを生業とする人がいる。放送を通して日々接することのできるアナウンサーがもっとも身近な存在だろう。スポーツの生中継では、読む原稿をすべて用意することができない。言葉にするのは、その場で起きるプレーだからである。大抵は隣に解説者がいるが、その存在に頼らなくても中継を成り立たせるのが実況の仕事というものだろう。

今年も数多のスポーツ中継を観てきた。解説者ではメジャーリーグ中継の田口壮の印象が良かった。プレーの訝しい点を不意に思っていると、タイミングよくその場面を解説してくれる。そしてここが肝なのだが、「なるほど」と納得させてくれる。

秀でた実況や解説者がいるスポーツ中継は観る者の楽しみを拡げてくれる。残念なことに、このアナウンサーの実況で観たい・聞きたいと思える人が浮かんでこない。過去にさかのぼって探すと、この人に行きあたる。サッカーの歴史に名言を刻んできた元NHKアナウンサーの山本浩氏である。

「東京千駄ヶ谷の、国立競技場の曇り空の向こうに、メキシコの青い空が近づいているような気がします」―ワールドカップ・メキシコ大会アジア最終予選・日本対韓国(1985年)
「前園が声をかける。ニッポンに声をかける前園」―アトランタオリンピック・アジア最終予選準決勝・日本対サウジアラビア(1996年)

上手に言い得ている。中継を観ていた人は当時の情景が甦ってくることだろう。「メキシコの青い空」の方は、中継の冒頭に言ったもので、ワールドカップ初出場が手の届くところまできた期待感がある。同時に、悲願達成には韓国を倒さなければならないという厳しい現実への気懸りも隠されている(深読みしすぎか)。おそらく用意しておいた一文なのだろう。実況席に座って空を見上げたら曇っていた。そしてメキシコを思い描いて浮かんできた、といったところか。

同じアナウンサーを職業とする人には、コメントを用意する場合、文章の最後は完成させないという方がいる。本番で考えついた言葉を入れることで、アドリブのような喋りの効果をもたらすためだという。「前園」の方は、用意できる類いのものではない。

勝てば28年ぶりにオリンピック出場が決まる一戦だった。日本は前園の2得点でリードしたが、猛攻を受けて1点を返され、さらに攻め込まれる苦しい時間が続いていた。後半39分過ぎ、危険な位置でサウジアラビアにFKを与えたところで、キャプテンの前園が大声を出してチームメイトを鼓舞する姿から名言は発せられた。

プレーだけでなく、その意図やしぐさから選手の胸中を読みとって、瞬時に代弁できるのが語り継がれる実況であろう。代弁する言葉が的外れでは観ている者の共感は得られない。山本氏曰く“資料は現場に落ちている”のである。見当違いにならないためには、その場の雰囲気を感じとるセンスと専門性を磨くしかないだろう。

最近目立つのは抑揚を激しくして煽る実況である。耳障りになってしまうのは、盛り上げることだけに躍起になって、お粗末なプレーやミスには関知しないからだろう。それだけが理由ではないが、良いものは良い、悪いものは悪い、はっきりすべきである。良いものだけを取り上げて絶叫し、悪いものは切り捨ててしまうのでは白けてしまう。

山本氏は「男はつらいよ」の渥美清に風貌が似ていることから愛称は「寅」だった。寅の足跡に怯えるわけではないだろうが、スポーツ実況が歩む道には霧が垂れこめ、先達を追う姿が今のところ見えてこない。もしかしたら、拙者がスポーツに感動を求めすぎているのかもしれない。1年に数回くらいは、と考えるのは贅沢な望みなのだろうか。

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