[小泉悠]【薄氷のウクライナ停戦合意】~停戦してもいばらの道~
小泉悠(未来工学研究所客員研究員)
2015年2月12日、ロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの首脳がベラルーシの首都ミンスクで会談し、16時間にも及ぶマラソン会談の末に停戦案で合意した。さらに同じくミンスクでウクライナ代表との話し合いを続けていた親露派武装勢力「ドネツク人民共和国」及び「ルガンスク人民共和国」の代表者もこれに署名し、1月から再燃していたウクライナ紛争の停戦に向けた道筋が一応はついたことになる。
ただし、これはまったく新規に停戦合意を結ぼうというものではなく、昨年9月に同じミンスクで結ばれていた停戦合意を改めて履行しようという性質のものである。今回の合意文書が「ミンスク合意の履行に関する複合的な措置」とされているのはこのためだ。
その中身だが、親露派の主張に一定程度配慮したものであることが見て取れる。たとえばウクライナ軍と親露派が火砲、ロケット、ミサイルなどの重火器を撤退させるラインについては、親露派側が9月の停戦合意(正確にはその後に停戦の細則を定めるために結ばれた覚書)の停戦ラインを基準としているのに対し、ウクライナ軍は現在の前線を基準とすることが定められている。これは親露派が昨年9月以降、支配領域を拡大したため、現在の戦線を基準とした方が親露派に有利になる、という事情による。
また、今回の停戦合意では、ウクライナが「非集権化を核とする憲法改革」を行うこととされているが、これも既存の支配地域に対する自治権などを主張する親露派の意向を汲んだものとみられる。
もっともウクライナ側も一方的に折れたわけではない。1月半ば、ロシアのプーチン大統領はウクライナの「中立化」(NATOへの非加盟)を軸として停戦合意を結ぶよう秘密提案を行っていたことが明らかになっているが、ポロシェンコ大統領は今回の交渉に際して「ロシアの提案には受け入れがたい部分がある」と述べており(おそらく前述の「中立化」などを指していると思われる)、最終的な合意文書にも「中立化」は盛り込まれなかった。
問題は、今回の合意で本当に停戦は実現できるのか、そしてそれが再燃する恐れがないのかという点だ。第1の点について言えば、停戦の発効は即時では無く2月15日午前0時とされていることから、親露派はその前になるべく支配領域を拡大すべく、合意後もむしろ攻勢を強めている。このような状況下で本当に15日から停戦に入ることができるのか、というのがそもそもの疑問点だ。
第2の点に言えば、仮に停戦を発効させることができたとしても、憲法改革の内容如何によっては紛争が再燃する恐れもある。親露派は事実上の自治や外交上の拒否権(たとえばウクライナのNATO加盟に対して)、さらには独自軍の保有など、「連邦制」の名の下で事実上の独立を求めると考えられるのに対して、ウクライナ側はこれを一定の自治権程度に留め、親露派武装勢力の解体を目指すと考えられるためだ。憲法改革は2015年中とされていることから、停戦が合意されるにせよ、紛争後のウクライナの国家の形を巡って対立が再燃する恐れは強い。
したがって、求められるのは、こうした対立が発生するために親露派武装勢力や、ウクライナ側の各種武装勢力(新興財閥が支援して設立した各種「自警大隊」や極右武装勢力のほか、外国の傭兵も前線に入っていると言われる)の武装解除を進めると共に、停戦監視や兵力の引き離しを行う態勢を確立することである。ただ、武装解除と言ってもそう簡単ではない上、ロシアの勢力圏に国際的な平和維持部隊を展開させることはさらに難しい。
いずれにしても今回の停戦合意は「第一歩」であり、問題はその内容を如何にして履行していくかであるということになろう。