ゴーンと司法
.国際  投稿日:2015/3/27

[岩田太郎] 【絶望を防ぐ対人関係性の修復が有効か】~ジャーマンウィング機墜落事件~


 

 岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

 ドイツ格安航空会社ジャーマンウィングス9525便のアンドレアス・ルビッツ副操縦士(享年28)が3月24日、日本人乗客2名を含む149人の乗客・乗員を道連れに、フランス南東部のアルプス山中に意図的にA320機を激突させた「殺人事件」には、類似の前例があった。

ひとつは前回紹介した、ガメエル・エル=バトウティ副操縦士(享年59)による1999年10月のエジプト航空990便墜落事件(乗客・乗員217名全員死亡)である。

わが国でも1982年2月9日、統合失調症を患う日本航空の片桐清二機長(当時35)が、石川幸史副操縦士(当時33)の、「キャプテン、何をするんですか、やめてください」との制止も聞かず、羽田空港に着陸寸前の福岡発350便DC-8型機のエンジンを逆噴射し、副操縦士と航空機関士を相手にコントロールを奪い合った末に墜落させ、乗客・乗員24名が死亡、149名が重軽傷を負った事件がある。

さらに、1997年12月19日にインドネシアで起こったシルクエアー185便の墜落もボーイング737型機の機体に異常はなく、事故調査を分担した米国家運輸安全委員会は、「株取引失敗など私生活に問題があったシンガポール人の朱衛民機長(享年41)が、故意に103人の乗客・乗員を道連れにした」と結論付けている。

また、2014年3月8日に消息を絶ち、239人が死亡したクアラルンプール発北京行マレーシア航空370便でも、ザハリエ・アハマド・シャー機長(享年53)かファリク・アブドル・ハミド副操縦士(享年27)、あるいは両方が意図的に機材のボーイング777型機を墜落させたと疑われている。

米国の航空業界では操縦室内に2人の乗員がいればジャーマンウィングスのような事件は防げるとの立場だ。しかし、日本航空350便・シルクエアー185便・マレーシア航空370便の例を振り返ると、そうは言えないことがわかる。

その気になれば、密室内で片方の操縦士が、気付かれないよう別の操縦士の飲み物や食事に毒や睡眠薬を盛ることも可能だし、制服のネクタイで相手の首を絞めることも防げない。完全な対策はないのである。

しかも、乗員の私生活や精神状態まで規則や罰則でガチガチに縛れば、かえって問題を悪化させるかもしれない。「道連れ大量殺人」という悲劇の再発を防ぐためには、乗員一人一人が何らかの理由で絶望に追い詰められない環境を整えることが大切だ。それは、米国の銃による大量殺人の防止とも通じるものがある。

銃乱射や航空機の意図的墜落で大量殺人を犯す者は、社会的地位や貧富の差にかかわらず、自暴自棄状態であることが多い。何らかの原因で社会から疎外され、自己の社会における役割や命の価値を見いだせず、絶望してしまうのである。精神分析専門家の故カレン・ホーナイが指摘する「自己に対する深い絶望」だ。

こうして関係性を失った「絶望した魂」は死を選択するのだが、自分を疎外した社会に深い憎しみを抱き、無関係の人まで道連れにする。遡れば、両親から十分な愛情を受けられなかったことに行き着くことが多いし、現状では家族的・社会的役割を理不尽な理由で取り上げられたり、抱えている個人的問題や重荷を一緒に背負ってくれる家族や仲間がいなかったりすることが多い。

自分の命を大切に思えない人が、他人の命を大事にすることはない。道連れ大量殺人の防止策は、精神状態や職能の適性検査うんぬん以前に、社会全体が疎外される人を作らないところに行き着く。「自己責任」ではなく、「関係責任」なのだ。

各国政府や各雇用者が、社会的・家族的役割に生き甲斐をおぼえる人を増やす政策や施策(リバタリアン的な自己責任論や行き過ぎた個人主義の抑制)を実行すれば、疎外や絶望や精神的疾患を最小化させ、人を道連れにする大量殺人者の「発生」をかなり抑えられるのではないか。

(シリーズ全2回終わり)

(本稿は、【「道連れ大量殺人」過去の事例浮上】~ジャーマンウィングス機墜落事件~の続きです。 シリーズ全2回)

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