[岩田太郎]【弱まるアメリカの経済制裁力】~核合意は本当に対イラン経済制裁の結果か~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
イランと米英仏中露独の間で行われてきた核協議は4月3日、最終合意の前段階の「大筋合意」にこぎ着けた。米外交評論誌『フォーリン・ポリシー』のキース・ジョンソン記者とジャミラ・トリンドル記者は4月3日付の連名署名記事で、「最も懲罰的な経済・金融制裁がイラン経済に打撃を与え、(同国を)交渉のテーブルに引き出した」と論評した。同国に対する制裁が2010年に強化されて以来、イラン国民はモノ不足・物価高・自国通貨リアル安に苦しんできた。制裁が同国経済を疲弊させたのは、疑いない事実だ。
だが同時に、制裁に限界があることは、オバマ大統領自身が認めている。12月にキューバとの国交正常化に向けて協議を始めると発表した際、同大統領は54年にわたる対キューバ経済制裁が、同国の体制崩壊と対キューバ投資枯渇という目的達成に失敗したことを認めた。確かにキューバは苦しんだが、従わせることはできなかったのだ。イランも、戦略的に米国と合意したに過ぎない。
筆者は昨年7月、仏銀最大手のBNPパリバが米国の対イラン・キューバ・スーダン制裁に違反した疑いで、米司法当局から総額89億ドル(約1兆円)の巨額な罰金を科せられたことに関して、米シンクタンクのケイトー研究所のマーク・カラブリア金融研究部長に取材した。同氏は、「米国のイランなどに対する制裁は所期の効果をあげていない。だから米司法省は、制裁の非効率性をBNPパリバの違反問題にすり替えている」と分析した。
カラブリア氏はさらに、「(今回の)罰金額は法外であり、外国銀行は米外交政策の執行役を強制されるべきではない」との見解を示した。フランスは3月、英国など多くの米国の同盟国とともに、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加盟申請して、米国の世界唯一の超大国としての権威に打撃を与えたが、AIIB参加は米国の「制裁破りへの厳罰」に対するある種の仕返しかも知れない。
現在、世界の国際間支払いの95%がドル建てで行われ、米財務省が目を光らせる米国内の米金融機関を経由して行われる。これが、その気になれば他国の息の根を止められる米国の力の源泉だ。だが近未来的に第二、第三のAIIBが設立され、カネは必ずしも米国を経由しなくなり、同国の「制裁力」は落ちていくだろう。
一方、ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授は1月2日付の評論サイト『プロジェクト・シンディケート』に寄稿して、「経済制裁が効果を発揮しなかった理由の一つは、一部の国が制裁に応じなかったことだ」と指摘した。
事実、米国などがロシアのウクライナ侵攻に対抗して科している対露制裁について米経済評論家のマイケル・ハドソン氏は昨年12月11日付ブログで、「対露制裁は、米同盟国であるトルコが欧州経済の一員としての地位を捨て、天然ガス獲得のためにロシアに接近し、さらにイランをロシアに近づける結果を生んでいる。制裁を課すことで、米国は欧州やアジアで、逆に孤立しつつある」と警鐘を鳴らした。
このように効果が薄いことが多い米国の経済・金融制裁だが、過去には劇的な成功例もある。南進に邁進する我が国に対し、米国が1941年に行った石油・鉄鋼禁輸や金融制裁は効いた。米国に首を絞められた日本は、無謀な対米戦争を起こした末に、敗北した。
また、米国が2005年、北朝鮮がマカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア(BDA)」に設けた口座を凍結した時、影響を受けた資金はわずか2400万ドル(約29億円)だった。しかし米国務省高官の言葉によれば、「米国が腕を軽くねじ曲げただけなのに、北は悲鳴を上げた」のである。当時の第二代最高指導者である金正日氏の最も重要な私的資金を、米国が意図せずして押さえてしまったからだ。北朝鮮はAIIB加盟申請を行って中国に拒絶されたが、北朝鮮の加盟への熱意はこの一件からも出ている。
経済制裁は効くこともあるが、その効果は制裁する側の権威や指導力に左右される場合が多い。衰退する米国の制裁力は将来、確実に低下するだろう。