[瀬尾温知]【予断許さぬヤンキース田中の肘】~球団・監督・本人の意向は合致するのか?~
瀬尾温知(スポーツライター)
「瀬尾温知のMais um・マイズゥン」(ポルトガル語でOne moreという意味)
ヤンキースでは日本人で初めてとなる開幕戦のマウンドに田中が登板する。現地6日(日本時間7日の午前2時過ぎ)に、ニューヨークの本拠地で行われるブルージェイズ戦で、右ひじの状態が不安視される田中のシーズンが始まる。この記事が掲載される頃には「田中 開幕戦勝利投手」なる文字が躍っているかもしれないが、その結果が出る以前に記したことを前置きしておく。去年7月、田中のひじに異変が起きたあと、チームドクターを含め3人のスポーツ整形外科専門医の診断は、断裂は10%程度と軽度で、トミー・ジョン手術(注1)は必要ないと一致したため、手術は行わずにPRP療法(患者の血液から採取した多血小板血漿を局部に注射して回復を促進させる治療)を選択。リハビリ後、昨シーズン終盤に復帰を果たした。
右ひじ靭帯の部分断裂が発覚する前の7月初旬までは12勝3敗、防御率2.27と上々の出来だった。今年のオープン戦は4試合で14回2/3を投げて防御率3.07と、2年目のシーズンへ向けて順調な仕上がりを見せていたので、「エース田中」は必然だった。
気掛りは右ひじの状態で、「いつかはトミー・ジョン手術に踏み切らなければならない」と、復帰までに1年以上を要する手術への決断を迫る声もあがっている。かつての名投手・ペドロ・マルチネスは、オープン戦での田中の投球を見て、「速球を投げるのをためらっている。1年を通して健康でいられるとは思えない」と、右ひじの状態に懐疑論を述べた。
PRP療法を2008年に受けた元メジャーリーガーの斎藤は「劇的に良くなることはなかった」と語っているが、翌年から2年連続で56試合に登板し、いずれも防御率2点台と堂々たる成績を残して活躍を続けた好事例がある。
ヤンキース首脳陣は先発ローテーション6人体制を検討しており、田中への負担を極力減らそうとしている。通常はシーズンを先発5人で回すが、1人増やすことで登板間隔を開け、ひじに疲労がたまらないように細心の注意を払う配慮をみせている。
2年連続でプレーオフ進出を逃しているヤンキースの前評判は低く、田中以外の先発陣で期待できるのはピネダだけで、サバシアの復活や新加入・イオバルディの台頭は望みが薄い。リリーフ陣では、抑えのベタンセスとセットアッパーのミラーはある程度の計算が立つが、中継ぎが脆弱なので6回、7回に弱点がある。打線もオープン戦でチーム打率2割4分4厘と30球団中28番目の低アベレージ。戦力不足が露骨なヤンキースの命運は、田中がシーズンを通して活躍できるかどうかに委ねられている。
開幕投手に指名された田中は「1年間しっかりローテーションを守り、投球回200イニング、先発で30試合以上登板」を目標に掲げる。昨シーズンのように離脱してチームに迷惑はかけられないという責任感からくる言葉だろう。
昨シーズンは青木が所属したロイヤルズがワールドシリーズまで勝ち進み、惜しくも頂点には届かなかったが、第7戦まで日本のファンを楽しませてくれた。今年も日本人選手が秋の大舞台で活躍することを期待するのだが、「チームが最高の結果を得られるように頑張りたい」と意気込む田中の自覚を聞くと、自らひじを酷使してまでチームのために多投するものでないといった老婆心めいたものも、観る者の立場には表裏一体をなしている。
プレーオフ進出の可能性が見えてきたときには、どうしてもエースを頼りにしてしまう。だからといって高校や楽天時代にあったように、精神力だけで投げ抜く姿はみたくない。
7年契約で総額1億5500万ドル(約160億円)の投資をした球団の方針、登板間隔と球数制限に縛られた中でのジラルディ監督の起用法、そしてエースの宿命を背負った田中の意向は、三体が合致するのか、それとも三者三様の装いとなるのか。チーム成績によって流動的な部分もあるだけに、注目したいヤンキースの内部事情になる。開幕戦で好投したとしても、予断を許さない現状に変わりはない。
参照:Sponichi Annex
注1)トミー・ジョン手術(英:Tommy John Surgery, 側副靱帯再建術)
肘の側副靱帯の再建手術の術式。断裂した肘の靭帯を切除し、体の他の靭帯を移植する手術。1974年にフランク・ジョーブが考案、初めてこの術式を受けた投手トミー・ジョンにちなんで名付けられた。
※トップ画像/ヤンキース・田中に扮する“寄稿子” ©カリカチュア・ジャパン