[神津伸子]<今はなき?夏の甲子園「〇〇旋風」「さわやか〇〇」>強い選手を集めるが勝つのが当たり前?番狂わせがなくなった甲子園
第96回全国高校野球選手権大会、夏の甲子園も間もなく頂点が決まる。大会そのものも4年後には100回を数えると思うと、実に感慨深い。
年々、選手たちの体格はプロ選手のように強健になり、選手を推薦制度などで集める強いチームが勝つのが当たり前。番狂わせは減って来ているというか、もうほとんどない。例えば、ベスト8の青森県代表・八戸学院光星のベンチ入り選手のほとんどが関西出身者で、地元出身は1人だけだ。
昭和時代の高校野球は、“さわやかイレブン”が代名詞となっている徳島県の池田高校をはじめ、ぽっと出の無名校が勝ち進むことも少なくなかった。文武両立の公立校が勝ち上がると、〇〇旋風、さわやか〇〇、ミラクル〇〇などという 見出しが、新聞紙面を賑わせたものだった。
筆者も昭和63年夏、産経新聞記者時代、第70回記念大会の昭和最後の夏の甲子園取材に1カ月間取り組み、さわやか〇〇に帯同することが出来た。その夏、埼玉県代表・”浦和市立旋風”は、吹き荒れた。
1回戦から 5ー2 佐賀商(佐賀) 、6ー2 常総学院(茨城)、2ー1 宇都宮学園(栃木)、準々決勝 7ー3 宇部商(山口)、準決勝 2ー4 広島商(広島)。次々と逆転劇を重ね、“ミラクル市高”の見出しも躍り、あれよあれよと、勝ち進んだ。この年は、他に優勝した広島商、福岡第一、沖縄水産がベスト4。
エース星野豊選手は元レーサーの星野一義の甥と、中村三四監督がプロゴルファーを目指していたなど、話題性はあったものの、ナインの
- (三) 津田雅人
- (二) 中野誠士
- (右) 阿久津和彦
- (一) 横田和宣
- (中) 松岡英明
- (投) 星野 豊
- (捕) 黒沼一輝
- (左) 蒦手克尚
- (遊) 鬼塚信次
は、ごく普通の高校生だった。
主将の蒦手(そうて)は、中村監督いわく「どうしようもなく、野球が下手くそな奴。でも、根性と情熱だけは誰にも負けないので、主将に指名した」。蒦手も「俺、センスないんです。将来は高校の英語教師になりたいです」。
異色の初出場チームだった浦和市立(現さいたま市立浦和)。平均身長171センチ、地方大会のチーム打率2割5分4厘は、ともに甲子園出場49校中、最低チームの快進撃に甲子園は沸いた。
その様子は、あまりに素晴らしかったため『ドキュメンタリー敗け組甲子園』(島津愛介/日本交通公社)という書籍でも、描かれている。特に、この大会は、元巨人の仁志(常総学院)・前田(福岡第一)、元ヤクルトの川崎(津久見)、中日の谷繁(江の川)など、のちにプロでも活躍する選手が多く出場、注目を集めていた。
浦和市立ナインはあまりにプロ組とは、対照的だった。勝てればラッキー。笑顔が、最後まで絶えなかった。
「野球は高校まで」。全員が、口にしていた。
一番野球が下手くそだったキャプテンは、その後、県内の公立高校の英語教師になった。硬式野球部の顧問として、甲子園を目指している。そんな高校が、また、旋風を起こせる甲子園は、もう戻って来ないものだろうか・・・。
【文中の写真】70回記念大会の全出場校の名を記したペナント。甲子園で、今も活躍する学校も多いが、これ以降名前を見なくなってしまった校名も。
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【執筆者紹介:神津伸子】
1983年、慶應義塾大学卒業後、企業勤務を経て、87年産経新聞社入社。94年にカナダ・トロントに移住し、フリーランスとなる。 以後、数々の出版・企画・編集に携わっている。2013年から朝日新聞出版「AERA」を中心に取材・執筆。現在に至る。
[主な著書(含編集)]角川書店「もうひとつの僕の生きる道」、晶文社「命のアサガオ 永遠に」、学研「東京お散歩地図」、双葉社「アイスホッケー女子日本代表の軌跡 氷上の闘う女神たち」