【NATO加盟で「西側」目指した「ジョージア」元大統領】~日本政府も支援を~
岡部伸(産経新聞編集委員)
「岡部伸(のぶる)の地球読解」
|執筆記事
シルクロードの最西端あたり。カスピ海と黒海に挟まれたコーカサス地方に旧ソ連の「グルジア」共和国はある。「カスピ海ヨーグルト」の発祥地といえば、わかりやすいかもしれない。その「グルジア」の国名が「ジョージア」に変わった。世界の多くの国々と同じように日本政府の全ての公文書などでロシア語名「グルジア」から英語名「ジョージア」へ変更される。しかし「グルジア」には、もうひとつの悲願がある。隣接するロシアの脅威に対する安全保障として北大西洋条約機構(NATO)への加盟である。「グルジア」という呼び名はロシア語に由来し、「ソビエトに占領されていた時代の呼び方」だとして、グルジアの首脳は、英語の「ジョージア」にしてほしいと、世界各国に訴えてきた。現在、国連加盟国の約9割にあたる約170ヶ国が「ジョージア」を使っている。「グルジア」は日本、旧ソ連諸国や中国など約20カ国と少数だった。北方領土問題を抱える日本はロシアに腐心してか「ジョージア」改名を躊躇ってきたが、昨年11月に来日したマルグベラシビリ大統領からの強い要請を安倍首相が受け入れて実現した。
ソ連の独裁者、スターリンの出身地としても知られる「ジョージア」だが、2003年の「バラ革命」、2008年に南オセチアをめぐる武力衝突の末、ロシアと外交関係を断絶するなど「親米反露」路線が強まっている。しかし「反露」感情は旧ソ連の構成国だった時代から根強い。併合された1921年から崩壊した1991年まで「占領された70年間」と呼ぶほど民族意識が高く、第二次大戦が始まると、ソ連からの独立運動に着目した日本陸軍が民族運動を支援する形で独立派と「対ソ」インテリジェンス工作を行うほど「グルジア」は現在のチェチェンのように、クレムリンには「弱い脇腹」だった。
ソ連崩壊後、急速な西欧化が進み、ロシアの影響力が低下した「グルジア」は一貫してロシア離れによる国造りを進め、カスピ海石油開発を切り札に欧米との関係強化を打ち出した。バルト三国と同様に外国語教育も、ロシア語から英語に切り替え、子ども達は日本などの西側諸国と同様、第一外国語として英語を学んでいる。だが英語の国名表記とともに西側に求めて来たのはNATOと欧州連合(EU)加盟だった。
99年2月、「グルジア」大統領だったエドゥアルド・シェワルナゼ氏からNATO加盟の意向を聞いた。ソ連の外相として冷戦を終結させた立役者のシェワルナゼ氏は、95年に祖国に戻り、指導者の道を歩んでいた。94年に隣国アゼルバイジャンが国際石油資本と共同開発を始めるや、中央アジアから欧州への回廊となる「グルジア」は世界から熱い視線を集め、日本も訪問することになり、単独会見となった。
「ロシアが紛争解決に効果を上げないなら、独立国家共同体(CIS)から離脱して、NATO、EU加盟を目指す」この発言を産経新聞で報じると、ハチの巣をつついたような騒ぎになった。シェワルナゼ氏がNATO加盟の意向を表明したのは初めてだったからだ。ロシア政府から「誤報ではないか」と抗議があり、取材の録音テープ提出を求められた。ロシア外務省高官は「テープを出さなければ、査証(ビザ)更新は困難になる」と迫った。
シェワルナゼ氏が公式にNATO加盟を表明したのはこの年の11月だった。インタファックス通信は次のように伝えている。「シェワルナゼ・グルジア大統領は記者会見し、同国のNATO加盟を『長期的な戦略』と位置づけ、次期大統領選で再選されれば二○○五年にもNATO加盟を申請すると表明した。バルト三国を除くCIS加盟国の元首がNATO加盟方針を公に表明するのは異例で、NATO拡大に反対するロシアの反発を招く可能性が強い。グルジアは四月にCIS集団安全保障条約を脱退するなどロシア離れを強めている」。
シェワルナゼ氏が筆者に親米反露路線への転換を吐露したのは、クレムリンの権力構造とその根底にあるロシア第一主義を熟知するがゆえに、「帝国主義支配の復活を望むロシアから離れて欧米に接近することが祖国再興の近道」と考えたからだろう。現実主義的なバランス感覚だった。
残念ながらシェワルナゼ氏は、経済の低迷と汚職対策が遅れ、04年に「バラ革命」で失脚したが、後任のミハイル・サーカシビリ大統領が親欧米路線を拡大させ、NATOとEU(欧州連合)加盟を最優先課題にあげて奔走。2008年の紛争を機に09年8月、CISを脱退したが、NATO加盟はウクライナと共に先送りされている。
「ジョージア」にとってNATO加盟なくして、ロシアの圧力に対する安全確保の道はない。またEU加盟なくして経済の発展、国民生活の向上はあり得ない。それは隣国ウクライナ情勢からも明らかだ。NATOに加盟していればグルジア紛争もウクライナ危機も防げたかもしれない。EUや米国と共に日本も「ジョージア」の悲願実現を支援するべきではないだろうか。